旨を宣した。そして友人に私のこれまでのかいたものを集めて、二冊の本にすること、そしてその費用の前借をはがきで頼んだ。早速本屋から三千円の前渡金が来た。
 ついに告示のあった翌日、森戸辰男氏の入党要請の電報を契機に社会党公認候補として知事戦に乗入れることとなったのであった。実践的という言葉はいろいろの意味をもっているが、選挙運動なるものは、その尤《ゆう》なるものである。
 私を碌《ろく》に知らない人が、私をほめちぎっている時、私は公衆の前に裸にされて立たされながら、ジーンと、公衆の視線で打たれていなければならない。意識の過剰なる知識人の到底耐え得るものではない。
 しかし、実践なるものはそれを強いて、かつその手を決してゆるめるものではない。三原、尾道、福山、府中と、自動車をもつことのできない私はトボトボとスケジュールを辿って行った。広島県の分水嶺である上下《じょうげ》に行く途中の汽車の中に二人の青年があらわれた。その一人が「先生に犠牲になって下さいといった青年が私です。先生があの言葉で立上ったとラジオで言われたのを聞いて、矢もたてもたまらず後を追って来たんです」と言う。ちょうど連絡が切れ
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