、其放胆不諱にして人を人とも思はず、争気猛烈にして常に戦を挑むの風ある如き、即ち其一なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは此特質あるが為めに、或は平地に風波を起し、或は故らに敵を作るの弊なきに非ずと雖も、其党人として顕著の位地を占るに至りたるもの、亦此特質あるに由らずむばあらじ。
彼れの政治的閲歴は、半ば争闘の事実を以て作れり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの争闘を開始するや、其名義の撰択に注意せずして、唯だ利害若くは感情の衝突に出づるもの多く、而も其作戦計画の単純にして露骨なる、動もすれば壮士の私闘に類するの嫌なきに非ず、是れ彼れの為に甚だ惜む可しと為す、試に其一二を言はむか。
曾て大隈伯等の始めて改進党を組織するや、其主義政綱は大体に於て自由党と其帰着を同うせり※[#白ゴマ、1−3−29]故に自由党よりいへば、たとひ改進党を政友と認めざるまでも、必らずしも之れを正面の政敵とするの必要なかりしに似たり※[#白ゴマ、1−3−29]然るに三菱問題起るに当て、改進党が冷然之れを傍観したるの故を以て、直に偽党撲滅の題目の下に改進党を攻撃したるは、彼れ及び古沢滋の二人実に其張本人たりき、顧ふに是れ自由党の党勢を拡張するに於て多少の成功を博するに足るの一手段たりしは疑ふ可からずと雖も、自由、改進両党をして呉越相容れざるの関係と為らしめたるは、蓋し亦茲に淵源する所ありき。
既にして井上条約案出づるや、両党偶然其歩武を同うして之に反対し、一日両党の聯合懇親会あり※[#白ゴマ、1−3−29]其交情大に融和せむとするに際し、何等の不作法ぞ、彼れは卒然沼間守一を打撲して、大に改進党を激昂せしむるものあらむとは。
国会既に開くるに及で、自由、改進の両党相聯合して藩閥政府と戦ひ、称して民党と謂ふ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの代議士と為るや、亦民党と其向背を同うし、民党の推挽に依て衆議院議長の椅子を得たりき※[#白ゴマ、1−3−29]然るに彼れは倏忽手を翻へして復た改進党を攻撃し、以て民党を破壊するの挙を行ひたりしは何ぞや※[#白ゴマ、1−3−29]当時世間伝へて曰く、星亨の民党破壊演説は、彼れが窃に陸奥宗光と約して、自由党を政府党たらしめむとするの隠謀より出でたりと※[#白ゴマ、1−3−29]されど自由党は彼れの専有物に非ざりしを以て、彼れが言動に慊焉たるものは、皆相率いて自由党と分離し、自由党は此れが為めに一大傷痍を受けたると共に、彼れも亦一時自由党を去るの已むを得ざるに至りたりき。
此に於て乎彼は啻に一般政界の信用を失ひたるのみならず、自由党も亦漸く彼れを敬して遠け、其全権公使に任ぜられて米国に派遣せらるゝや、識者之れを評して自由党の内乱予防策なりといへり※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば自由党の内乱は、実に彼れが放胆不諱なる挙動に激成せらるる虞ありたればなり。
彼れが争闘の力に富めるは恰も英国のオーコンネルに似たり※[#白ゴマ、1−3−29]其口を開けば輙ち罵る所、其弁論に一種の活気ありて人を煽動するに適する所、宛然として是れ日本のオーコンネルなり※[#白ゴマ、1−3−29]但だオーコンネルの政敵と争闘するや、確然たる信条と、爛※[#「火+曼」、第4水準2−80−1]たる熱誠とを以てするに反して、彼れは純然たる無宗教的冷頭を有するを異なりとするのみ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ彼れが自由党に於ける信用の、オーコンネルが愛蘭党に於ける当年の信用に及ばざる所以なり。
剛愎不遜は、彼れが有する特質の第二なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの剛愎は衆議院議長として第五議会に弾劾せられたるの時を以て絶頂とす※[#白ゴマ、1−3−29]第五議会は、彼が取引所問題に関係したるを没公徳の行為と認めて、之を弾劾し、以て彼れに処決を促がすの決議を為せり※[#白ゴマ、1−3−29]此決議に対しては、自由党員も亦賛成を表したるもの多かりき※[#白ゴマ、1−3−29]然るに彼れは此決議を眇視して不当の決議を議長に於て何か有らむと放言して省みざりき※[#白ゴマ、1−3−29]故に議会は更に一日の休会を決議して、彼れの処決を強迫したり※[#白ゴマ、1−3−29]されど総べて無効なりき※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは開会と共に平然として議長席に就き、以て議事の進行を命令したればなり※[#白ゴマ、1−3−29]議会は終に彼を懲罰に附して、代議士籍より除名したりと雖も、此懲罰すら彼に於ては何の痛痒をも感ぜざりしに似たり※[#白ゴマ、1−3−29]彼は尚ほ選挙区に帰りて再選を要求したればなり。
凡そ世間に剛愎の士多しと雖も、其剛愎彼れが如きに至ては、古今亦罕に観るの異彩たらずむばあらじ※[#白ゴマ、1−3−29]余は必ずしも彼れの剛愎を弁護せむとするものに非ず※[#白ゴマ、1−3−29]剛愎は如何なる場合に於ても、悪徳たるを免かれざればなり※[#白ゴマ、1−3−29]されど党人より之れを観れば、剛愎も亦必要の武器なるやも知る可からず※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば党人最後の目的は、唯だ政敵と戦つて之れに勝つの一事なるを見ればなり。
彼は主我的人物なり
若し彼をして単に放胆不諱、剛愎不遜の木強漢ならしめば、彼は僅に鶏鳴狗盗の雄たるに過ぎず※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞ甚だ多とするに足らむや※[#白ゴマ、1−3−29]されど彼れに最も及ぶ可からざるは、其戸外の木強漢たると共に、室内の読書家たる是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]此れを聞く、彼は別に他の嗜好なく、唯だ読書を愛して、博覧人に超え、故陸奥伯の如き亦学問に於て彼れに師事する所多かりしと※[#白ゴマ、1−3−29]余は彼が果して読書の才あるや否やを知る能はずと雖も、其読書の嗜好ありて多読を貪るの人たるは、彼を知るものゝ皆許す所なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが自由党に在りて、巍然一頭地を出だす所以のものは、蓋し自由党中復た一人の彼に優れる学者なきが為ならずとせむや※[#白ゴマ、1−3−29]而も彼は多く理窟を語らずして、反つて人の理窟を喋々するを笑ふ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ所謂る知つて言はざる大智者を学ぶに在る乎※[#白ゴマ、1−3−29]将た彼は議論よりも実行を主とするを以て平生の務とするに由る乎。
彼れ往時英国の某大学に在て法律を修む※[#白ゴマ、1−3−29]偶々試験あり、教授課するに『英国憲法の真相』といふの論題を以てす※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ秒時に立案して、之れを教授に示す※[#白ゴマ、1−3−29]其文唯だ『英国憲法は世界無比の良憲法なり』との一句を記するのみ※[#白ゴマ、1−3−29]教授呆然、其余りの無意義なるに驚き、之れを彼れに詰る※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ曰く、先生の英国憲法を説く千言万語の多きを以てすと雖、其要点は則ち此一句に外ならず※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞ別に詳述するを須いむやと※[#白ゴマ、1−3−29]是れ一場の逸話に過ぎざるも、彼れの政治論は大抵此試験答案の如く、曾て煩瑣なる理窟を捏ねずして、唯だ疎枝大葉の議論を為す※[#白ゴマ、1−3−29]此を以て世間曾て彼れの学問あるを信ずるもの甚だ少なくして、寧ろ彼れを粗豪の一木強漢と思ふもの多かりき。
顧ふに彼れが見掛によらぬ学者たるは、今や漸く多数の認識するの所となれりと雖も、其言動の毫も学者らしからざるは他なし、彼れは主我的意思を以て総べての問題を解釈し、我れに利なれば理窟を言ひ、我れに不利なれば無理をも言ふの傾向あればなり※[#白ゴマ、1−3−29]其放胆不諱、剛愎不遜の人に過ぐる所以のものは、亦豈主我的意思の最も発達したるが為に非ずや、故に室内の人物としては、彼は真理を研究するの読書家たりと雖も、彼れの戸外に於ける言動は、唯だ是れ一個主我的意思の強固なる人物を体現するのみ。
彼の去就は単純なり
今や彼は一般の想像するが如き大運動なく、其挙動は頗る平和にして、僅に新聞記者を相手として無意義の評論を試みつゝあるのみ※[#白ゴマ、1−3−29]知らず彼は何の考案を有し、何の抱負を今後に行はむとする乎。吾人は妄りに彼れの心事を揣摩せざる可し※[#白ゴマ、1−3−29]されど吾人は一個の見地に依りて彼れの位地を観察するの自由を有す※[#白ゴマ、1−3−29]此見地は彼れの未来に関せずして、彼れの現在の位地に関する見地なり※[#白ゴマ、1−3−29]曰く彼は現内閣の敵なる乎、味方なる乎と。此問題を解答するものは、彼れ自身に非ずして、恐くは現内閣ならむ※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば現内閣にして彼れに利なれば、彼は現内閣の維持を冀望す可ければなり。
世間或は彼れを以て高島一派と結托するの意ありと伝ふものあれども、高島一派の現勢力は殆ど零位なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ豈之れと結托するの愚を為さむや※[#白ゴマ、1−3−29]或は自由、進歩両派以外、別に一政党を組織して、大に他日の地を作る可しといふものあれども、彼れの根拠は現在僅かに少数の関東派あるのみ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ豈之れを恃て有力の政党を組織するを得むや※[#白ゴマ、1−3−29]或は彼れを以て専ら力を自由派の扶植に致し、以て大に進歩派と競争せしめ、而して憲政党を分裂せしめ、而して現内閣を破壊せしむ可しといふものあるのみならず、彼れ亦自ら自由進歩の分裂終に已む可からざるを説くと雖も、彼れを認めて熱心なる自由派と為すは謬見なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは自己を主とするの英雄(?)にして、其眼中復た進歩派なく、自由派なし※[#白ゴマ、1−3−29]曩きに彼れの米国公使に任ぜられて代議士を辞するや、其選挙区民に演説して曰く、余は自己の力に依りて公使と為れり※[#白ゴマ、1−3−29]自由党の援助に依れるに非ずと※[#白ゴマ、1−3−29]其心事実に斯くの如し。
且つたとひ自由進歩の両派をして分裂するの不幸あらしむるとするも、自由党は彼れが為に一種の迷室なり※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し自由党の背後には一怪物の伊東巳代治男あり※[#白ゴマ、1−3−29]故に彼れは自由党と進退を倶にするに於て、先づ此一怪物と両立し得るや否や、若くは善く之を圧服し得るの勇者たるや否やを考へざる可からず※[#白ゴマ、1−3−29]况むや彼は従来自由党中の土佐分子と相容れざりしに於てをや※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ豈熱心なる自由派たるを得むや。
故に彼は必らずしも強て現内閣に反対するものに非ず※[#白ゴマ、1−3−29]現内閣にして苟も自ら彼れを敵とせずむば、彼は妄りに現内閣の敵と為らず、彼れの放胆不諱、剛愎不遜の言動あるは、多く其主我的意思と衝突するの場合に在り※[#白ゴマ、1−3−29]彼は自己の利害の為に、沈黙の必要を知るの聡明あればなり※[#白ゴマ、1−3−29]之れを要するに彼れの政界に於ける去就進退は極めて単純なり※[#白ゴマ、1−3−29]而も世間彼れを風雲変幻の魔術師の如くに想像するは何の滑稽ぞ。(三十一年九月)
星亨の自由党
(一)政治的喜劇
横浜埋立事件は極めて簡短なる問題なり※[#白ゴマ、1−3−29]其性質より見れば土木問題なりと謂ふ可く、其利害より見れば個人問題なりと謂ふ可く、又其範囲より見れば地方問題なりと謂ふ可し※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ斯くの如きのみ※[#白ゴマ、1−3−29]其一得一失何ぞ曾て天下の公是非と関せむや※[#白ゴマ、1−3−29]而も此の事件の真相一たび世間に暴露せらるゝや、忽焉として茲に政治的喜劇の舞台を開展したりき※[#白ゴマ、1−3−29]種々の脚色は幾多の人物に依て描かれ、醜陋唾棄す可きもの、滑稽笑ふ可きもの、拙劣憐む可きもの紛々として舞台に出入し、世人をして殆ど百鬼夜行の画図を視るの感あらしめたり※[#白ゴマ、1−3−29]其顛末を略叙すること左の如し。
(二)排星運動の
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