み、学堂の如く大臣学を専攻するものありや否や※[#白ゴマ、1−3−29]ありと雖も恐らくは極めて少し※[#白ゴマ、1−3−29]是れ学堂の漸く頭角を現はすに至れる所以なり。
 且つ彼れは衆議院に於て、討論家として卓越なる能力を顕はしたり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ実に彼れが成功の第二原因なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの討論は、深遠博大なる思想を表現せず、光怪陸離たる情火を発起せず、又長江大河一瀉千里の雄弁を認識せしめず※[#白ゴマ、1−3−29]然れども論理痛快、法度森厳にして、往々大胆不敵の硬語あり、以て能く議場の群囂を制するに足るの力なきに非ず※[#白ゴマ、1−3−29]特に其論敵に対するや、逼らず、激せず、熱殺の奇なきも、冷殺の妙あり※[#白ゴマ、1−3−29]婉約の巧なきも、辛辣の趣味あり※[#白ゴマ、1−3−29]如何なる大嘲罵の言も、彼れは之れを出だすに極めて沈着の辞気を以てし、如何なる滑稽笑※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]の意義も、彼れは説教師の如く、襟を正だし、眉を昂げて表白する如きは、実に一種の討論術を得たりと謂ふ可し。
 伊藤内閣の時なりき、彼れは渡辺侠禅と、一銭一厘の問答を試みて侠禅を翻弄せり※[#白ゴマ、1−3−29]一銭一厘の問答、何ぞ其れ滑稽なる※[#白ゴマ、1−3−29]而も学堂は極めて厳格なる声色を以て、此奇劇を演じたりき※[#白ゴマ、1−3−29]大抵学堂の討論は、詈罵笑※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]を交へざるものなしと雖も、彼れは曾て笑ひたることなく、又怒りたることなく※[#白ゴマ、1−3−29]飽くまで冷々然たり、飽くまで従容自若たり※[#白ゴマ、1−3−29]斯くの如き討論家は、往々大激論大争議の壇上に於て顕著なる成功を博し得ること多し。
 彼れが成功の原因は、更に焉れより大なるものあり※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞや、彼れが党人として極めて忠実なる党人たるに在り※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ曾て大隈伯を論じて曰く、人或は進歩党の一挙一動を以て悉く大隈伯の指揮に出づるが如くに想像するものあり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ何の謬見ぞや※[#白ゴマ、1−3−29]凡そ一政党の進退を指揮するの首領は、常に党員と実際の運動を倶にするものならざる可らず※[#白ゴマ、1−3−29]然るに伯は早稲田に閑居して、唯だ客と政談を試むるを楽みとし、復た自ら出でて事を政界に見ることなし、夫れ戦場の外に居て大将軍の事を行はむとす、是れ世間決して有る可からざる道理なり※[#白ゴマ、1−3−29]進歩党の実力首領は、他日必らず議院より出現せむ※[#白ゴマ、1−3−29]復た何んぞ大隈伯の力を借るを要せむやと※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの自ら任ずるもの洵に斯くの如し、是を以て議院の内外に於ける彼れの言動は、一に進歩党の利害得失より打算したるものを準と為し、則ち進歩党の為めに尽す所以のもの、亦随つて熱心到らざるなきを見る※[#白ゴマ、1−3−29]其今日あるを致すは豈夫れ偶然ならむや※[#白ゴマ、1−3−29]是れ彼れが成功の第三原因とす。
 然りと雖も、彼れが進歩党中最も有力の位地を得たる所以のものは、唯だ伎倆と勉強との力に是れ由るに非ずして別に之れが原因たるものあり、品性高潔にして体面を重んじ、清澹の生活を楽みて鄙劣の念なき即ち是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ常に武士道を説く、何となれば武士は最も体面を重むずればなり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ又金銭を軽んじて生産を治めず、鄙吝の念或は之れと共に生ずるを恐るればなり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ実に当世罕に見る所にして、彼れが内、政友に信任せられ外、敵党の敬憚を受くる所以のものは此れが為めなり※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ才は得易らず、徳も亦豈得易からむや※[#白ゴマ、1−3−29]况むや黄金の魔力横行して、敗徳の政治家頻りに輩出するの今日に於てをや※[#白ゴマ、1−3−29]今日の所謂政治家は、ワルポールの所謂市価を有する動物に近し※[#白ゴマ、1−3−29]故に其為す所人身売買に異らざるものあるも、曾て自ら之れを耻とせざるのみならず※[#白ゴマ、1−3−29]又人に向ひて之を説くを意とせざるに至る※[#白ゴマ、1−3−29]此時に当り、金銭を軽んずること彼れが如く、体面を重んずること彼れが如き人物は、一党の領袖として人意を強うし、国民の代表者としては正義を担保するに足る※[#白ゴマ、1−3−29]是れ余が深く彼れを多とする所以なり※[#白ゴマ、1−3−29]余之れを聞く、西郷南洲翁の信望一代を蓋ひたるは、必ずしも翁が伎倆の大なるが為に非ずして、唯だ金銭を軽むずるの一美徳あるに由れり※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し薩人は概して鄙吝の質あり、翁独り高挙超脱夐然として俗流に出づ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ其能く信望を天下に博せし所以なりと。古への大政治家は、多く文臣銭を惜まざるの士なり※[#白ゴマ、1−3−29]ピツトの如き、ジスレリーの如き皆然らざる莫し※[#白ゴマ、1−3−29]学堂が身を濁世に処して、曾て公徳を破るの行為なきは、職として文臣銭を惜まざるの気象に由るのみ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ彼れが信望の日に高きを致せる第四の原因なり。

      学堂の人物
 政治家としての学堂は、策略縦横、権変百出、能く一時の利害を制するに於て木堂に及ばず※[#白ゴマ、1−3−29]博弁宏辞、議論滔々として竭きざるは沼南に及ばず※[#白ゴマ、1−3−29]然れども志気雄邁、器識超卓、常に眼を大局に注ぎ、区々の小是非を争はずして、天下の事を以て自ら任ずるの大略あるに至ては、学堂実に一日の長ある如し※[#白ゴマ、1−3−29]余は彼れを以て未だ経国の大才なりと認むる能はず、然れども其抱負の偉大にして自信の深きは、薄志弱行の徒累々相依るの今日に於て、亦容易に得易からざるの士なり※[#白ゴマ、1−3−29]若し夫れ彼れを粗放の虚才と為すは、聊か深刻の評たるを免かれず※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば彼れは平生大言壮語の癖ありと雖も、彼れは其実一個謹慎の天分あり、責任を重んずるの操守あり、事を苟もせざるの真面目あり、彼れの大言壮語は、、彼れが大舞台に立て大作為を試みんとするの英雄的思想より来る※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは草※[#「くさかんむり/奔」、80−上−20]に在りと雖も、其志既に台閣に存すればなり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが一たび外務参事官の位置を甘むじたるは、是れ豈彼れの本心ならむや、故に彼は之を棄つること弊履の如く夫れ軽かりき。要するに彼の未来は最も多望なるものゝ一なりと謂可し。(三十年十一月)

     尾崎東京新市長

 ▲政友会を脱して、遽かに政治的孤児となつた尾崎行雄君は、棄てる神あれば助くる神ありで、同情ある東京市民に拾ひ上げられて市長の地位に安置せられた。君は曾て言つたことがある。我輩の生涯は恰も隧道の多い鉄道旅行をするやうなもので、時々暗黒の処に差し掛つては、再び前途の光明を認めてヤツト安心することがあると。なるほど考へて見ればさうかも知れない。
 ▲君がジスレリーを気取て居るといふのは有名な話であるが、近頃は君をチヤムバーレーンに較べるものがあるやうだ。チヤムバーレーンはバーミンガムの市長と為つたこともあるから、此の点だけが似て居るやうだが、人格は全く反対で、少しも似て居る処がない。
 ▲チヤムバーレーンは理想家でなくて、実行家である。但し何んな政治家でも、苟も政治家であつてみれば、何かの理想を持つて居らぬものはないのである。チヤムバーレーンにも、赤いとか白いとかいふ理想あるに違ひない。しかし彼れは自己の理想よりも更に政治家に大切なものがあるといふことを心得て居る。即ち時代の精神である。彼れが時代の精神に触接するの鋭敏なることは、殆ど天才の詩人が無意識に自然と触接するやうな趣がある。初めは自治法案に賛成して居つたが、時代精神が漸く大英統一主義に傾いて来たのを察して、潮合を計つて自治法案反対と出掛けた処などは凄い腕だ。此頃は復た保護貿易主義らしいものを唱へて居るが、元来自由貿易策は英国の国是ともいふべき位のもので、自由党でも保守党でも此の政策には今が今まで指一本も差しかねたものであるが、彼れが大胆にも之れを変更しようと試みるのは、全く時代精神の傾向を見抜いて居るからだ。其の目先の早いことは疑ひもなき天才である。
 ▲尾崎君はさういふ柄ではない、一体は主観的理想家であるから、其の頭脳は一定の型に這入つたやうに固まつて居る。それであるから、君の政治論は、十年前も今日も、少しも変化もなければ進歩もないやうである。進歩党を去て政友会に赴いた時は、世間から変節だとか無節操だとかいはれたが、実は変節でも何んでもない。唯だ一寸乗替汽車に乗つて見たばかりで、其の行先はチヤンと極まつて居つたのである。
 ▲理想家に免がれない短所は、常に自己に重きを置きすぎる弊があつて、兎角時代の精神を看過するから、実行的手段には迂濶であるやうだ。此の社会を自己の理想通りにして見たいと思ふのは、面白いことは面白いが、社会は自己の理想より進歩して居ることもあり、後れて居ることもあつて、平行して居ることは少ないものだから、理想家は何うかすると社会の孤児となるのである。
 ▲尾崎君の行径を見るに、多少其の傾向があるではなからうか。政友会を脱したのも、自己の理想が行き詰つた為めであつて、別段深い考があつたものと見えない。世間には、君が伊藤侯を見損つて政友会に飛び込むだのが誤りであつたと評するものもあるが、強ち見損なつた訳ではなからう。唯だ自己の理想を余り大事にし過ぎた為に、当時の境遇に堪え得なかつたのである。
 ▲しかし茲が尾崎君の人気のある所以で、失敗しても世間の同情が君を離れないのであらう。チヤムバーレーンのやうな人物は、成功すれば世間から同情を受けるが、失敗でもしたら最後、名誉も信用も忽ち去つて仕舞うのが必然だ。其処になると、理想家は一得一失で、失敗しても左ほど世間から憎まれない。尾崎君は即ち其の一例で、君は自ら言つて居るやうに、屡々暗黒の隧道に行き当ることがあるが、暫らくして再び光明の出口に送り出さるゝのである。
 ▲政友会を脱したのは、丁度隧道に向つた処であつて、君自身も此先どうなることかと気が気でなかつたに相違ない。其処へ都合よく東京市長が欠けて居つて、後任問題の持ち上がつた際であつたから、人気は恐ろしい勢で君に集つた。これだけは君の夢にも思はなかつたのであらうが、君に取つて所謂る渡りに舟で、人気といへる不思議の魔力に引かれたのである。
 ▲凡そ聡明な人物は、自分で自分の運命を開拓するものであるが、余り聡明でない人物でも、人気といふ魔力に担がれると、予期せざる仕合せに逢ふものらしい。
 ▲ソンなことはどうでも宜いとして、さて君はチヤムバーレーンに比較されて居るから、どうかチヤムバーレーンに劣らないやうに、緊かり市政を行つてもらひたいものだ。市政といへば小さいやうであるが、なか/\さうでない。国務大臣の仕事にも劣らぬほどの難役であるのだ。
 ▲チヤムバーレーンがバーミンガムの市長と為つたのは未だ国会議員とならない前であつて、政治家としては経験が甚だ少なかつたのである。しかし会社事業や何かで実務上の手腕が十分認められて居つたから、市民の信用を得て市長に選まれたのである。果して彼れは市民の希望に背なかつた。新たに大規模の公園を造くる、自由図書館を建てる、市民の大会堂を設ける、水道及び瓦斯の供給を市有にする、貧民窟を市外に移して市の体裁を綺麗にする、それは/\目醒ましき働きを現はしたのである。随て彼れの市長たりし時代はバーミンガム市の歴史上、最も記憶すべき重要の時代といはれて居るが、尾崎君も市長となつた序に思ふ存分に手腕を示してもらひたいものである。
 ▲唯だ市政はヂミな仕事で
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