るは当然なりと謂ふべし。但だ彼は当局者としても、局外者としても常に超然として公衆環視の圏外に特立せむとするの態度を執るものゝ如く、伊藤公爵大隈伯爵等が終始公衆の耳目を聳動せむとすると頗る其の趣を異にせり。されば伊藤公爵大隈伯爵等は、其の妍醜瑕瑜大概露見して蔽はるゝ所なきも、山県公爵の真価は容易に公衆の窺ひ知る所とならず。彼は輪廓明白なる一人格としてよりは、寧ろ人格化したる一勢力として国民の眼に映ぜり。従つて国民は彼れの存在を政権と聯結して観察するに止まり、真に能く彼れの人格を領解し得るものは甚だ少なきに似たり。
且つ伊藤公爵も、大隈伯爵も、其の私生涯と公生涯とを問はず、均しく之れを公処の白堊光裡に展開して彼等の自由批評に任ずと雖も、山県公爵に至ては、公私の生涯に截然たる分界あるが故に、其の私生涯は醇粋なる私生涯にして殆ど公衆と何の交渉する所なし。彼は朝廷の大礼、若くは官務的性質を帯びたる会合以外に出席すること甚だ稀なり、単に社交を目的とする普通の公会に周旋して、八面酬接の交渉を事とするは、彼れの性向に適せざる所なるべし。時として椿山荘園遊会を見ることあるも、是れ大切なる外国の貴賓に敬意を表する場合か否らずむば一家の賀儀を機会として少数の親近者を招待する場合に行はるゝのみ。彼は政治家として国民の輿論に拘束せらるゝを避くるとともに、其の私生涯に於ても亦公衆の心理に煩はさるゝを免かれむと欲するものゝ如く、則ち其の庭内境静かにして風塵到らざる処に安置したる彼れの銅像は、無言の間に善く活ける主人公の理想を語る者に非ずして何ぞや。されば彼の私生涯は、豪華の以て世に誇るべき者なく、盛装の以て人を驚かすべきものなく、彼れの位地よりいへば、寧ろ極めて単純簡朴なりと評すべし。此の私生涯に含蓄せられたる趣味も、亦従つて公衆的ならずして個人的なり、一般的ならずして家族的なり。私生涯の彼は書院の人にして、彼は僅に漢詩を作り、和歌を詠ずるの閑趣味を解するのみ。囲碁を弄し謡曲を奏するの娯楽あるのみ。有体にいへば山県公爵は決して公衆の好愛する政治家に非ず。然れども世には一般公衆に好愛せられずして、却つて鞏固なる勢力を有する政治家あり。彼は一般公衆に対しては、一の快感を与ふべき態度を示さず。彼は自己の能事を尽くして、必らずしも其の公衆に知られむことを願はず。彼は浮泛なる群情に殉ずるを為さゞる代りに、少数の共同者に信頼せらるゝを以て満足せり。彼は細心にして慎独の工夫あり、謹厳にして妄りに放言高論せざるが故に、彼れの共同者は、彼れと秘密を語り、大事を謀りて危まざるなり、彼は批評せずして計画し、実行し、否らずむば沈黙するが故に、国民の眼には頗る陰気にして腹黒き政治家に見ゆるも、彼れの親近者及び共同者に対する行動は、真摯なる考慮、動揺せざる決断、負托に背かざる信義、責任に対する大なる信念を以て表現せらる。山県公爵は稍々是れに類する政治家なり。其の公衆に歓迎せられずして、而も猶ほ能く政治界の一大勢力たるは、彼れの人格が少数共同者に信頼せらるゝ所あるが為なり。顧ふに彼れの共同者若くは親近者の中にも、感情趣味に於て彼れと相容れざるもの之れあらむ。然れども終に彼れに対して悪声を放つものなきは、彼を以て与に楽むべからざるも、相信頼するに足るの人なりと為すに由れり。世間或は彼を徳川家康に比す。蓋し陰忍老獪にして権謀に富めること二人相同じと為すなり。安んぞ知らむ、二人の最も相似たる所は、其の共同者をして信頼せしむるに足るの確乎不抜なる資質に存することを。豈唯だ陰忍老獪にして人の信頼を得ること彼れが如きことあらむや。
彼れの人格思想は、伊藤公爵大隈伯爵等と対照すれば、より多く東洋的なりと雖も、若し強ひて欧洲に其の比倫を求めば、英国のウエリントン其の人を挙げざるべからず。出でては元帥たり入つては宰相たる所、我が山県公爵とウエリントンと東西の好一対なるべく、其の政治思想の保守的に傾けること亦二人甚だ相遠からず。唯だウエリントンは殆ど政治家たるの一能力だも備へざりき。彼は経綸若くは政術に就いては僅少の智識を有したるのみ。彼れが唯一の注意は女皇内閣の権力を完全に維持せむとするに在りき。彼は過失多き政治家なりき。無策の政治家なりき。而も其の能く首相として内閣を組織し得たるは、彼れが赫々たる戦功に伴へる威望の力に由りたるのみ。我が山県公爵が、其の本領の亦軍事に在るに拘らず、其の政治の方面に於ても偉大の勢力を有すると同日にして語るべからず。然れども二人に共通する特色は、社交的色彩を放てる生涯を有せざる是れなり。ウエリントンは毫も公衆の感情に頓着せざると共に、又公衆に好愛せらるべき、傾向を其の天分に発見せざりき、彼れの態度は冷静なりき、乾燥なりき、生硬なりき。彼れの言行には、一点の衒耀なく、夸張なく、文采の燦爛たるものなく、活気の飛動せるものなく、常に克己、自制、規律を以て鍛錬せられたる軍人気質の標本たりき。是れ必らずしも温暖なる情緒を欠けるが為に非ず。彼れの友誼心の深厚にして且つ恒久的なりしは、彼れの親近者の皆認識する所にして、是を以て彼は好愛せられざりしも、信頼せられ、帰依せられ、服従せられたりき。而も彼れをして人望の偶像たらしむるには、彼れの人格は余りに厳粛にして陰気なりき。之れが我が山県公爵に見るも、亦大同小異の模型に逢ふの感なからずや。
若し政治家を俳優と同視し、其の世に処するや、恰も俳優の舞台に立つが如く、其の言行絶えず公衆の耳目に印象を与ふるを以て能事とすること、猶ほ俳優が一に大向ふの喝采を博するの技術を尽すに似たるを取るべしとせば、山県公爵の如きは最も割の悪しき政治家なり。若し之れに反して、公衆には好愛せられざるも、共同者には信頼せらるゝの徳を有し、新聞紙の寵児とはならざれども、上御一人の覚え頗るめでたく、名声に於ては甚だ揚らざるも、勢力に於て確実なる基礎を有するものありとせば、其政治家として成功するの要素果して孰れに多しとすべきか。山県公爵は完全なる政治家に非ざるべし、然れども少なくとも彼は俳優的政治家に非ずして、実質ある成功を期図するの政治家なり。彼は此の実質ある成功を期図するに於て、毫も公衆の声援を藉るの手段を執らざるものゝ如し。公衆の声援なきも、実権を有するときは政治に成功するの難からざるを知るの政治家なり。故に彼は国民に接近するよりも、先づ権力に接近するの地盤を作るに努めたり。此の点に於て大隈伯爵は固より彼れに及ばず、伊藤公爵と雖も或は彼れの用意の周到に如かざるべし。
現時の政治界は漸く元老の手を離れて新人物の斡旋に附せられむとするに於て、山県公爵の勢力は遠からずして実存の形を失ふべきや必然なり。而も所謂る山県系と目せらるゝ桂、清浦等の一派が、尚ほ新時代の勢力として優に大政党と対抗するに足るを見れば、山県公爵の涵養したる勢力の鞏固にして、其の根柢の深かきものあるを想ふべし。大隈伯爵の周囲には一人の小大隈と認むべきものなく、伊藤公爵の幕下にも亦小伊藤と称すべきものあらざるに、独り山県系に属する遊星の多数は、孰れも小山県の面目を備へたり。是に由て之れを観れば、彼れの感化力も亦驚くべきものなくむばあらず。以て彼れの真価の存する所を知るべし。(四十一年一月)
活動したる河野広中
△河野広中の奉答文事件は、一時疑問の中心と為つて、是れには黒幕があるの、進歩党の策略だのと、いろ/\揣摩憶測をするものがあつたが、追々事実が挙がるに従つて、黒幕の仕事でも何でもない、河野一己の脳中から生れた趣向であつたことが分明《わか》るやうになつた。
△兎角政治社会には、政略とか利害とかいふものがあつて、総ての観察が色眼鏡を通して来るから、動もすると事実を曲解する傾があつて困まる。河野のやうな自ら欺くことの出来ない男が自分に何等の信念もないのに、唯だ策士の入智恵でアンな際どい芝居が演られるものでない。又た河野は正直だからといつて、一から十まで人の御先に遣はれる役目と極まつて居る道理もない。ソンな河野なら、福島事件の張本と為つて、七年も八年も監獄の飯を食ふやうな陰謀を企てない。
△奉答文事件は、河野本来の面目を遺憾なく発揮したものである。
△一体当世の策士といふ奴は、陰険だの狡猾だのといつても、其の策略は大抵常識から割り出したもので、万朝報の宝探しよりはモソツと判り易いやうに仕組まれて居る。河野は策士といはれる方でないから、所謂る策略といふやうなことは出来ぬかも知れない。併し策士の思ひも寄らぬ非常の決断は、河野の如き真面目の人物に見出ださるゝことが多い。
△常識から見れば、河野の奉答文私製は、到底正当の処為と認め難い。英国の議会では、勅語奉答は直に内閣の不信任案となることがあつて、其の討議の為に二日も三日も朝野の論戦を続ける慣例であるが、我国の議会では、勅語奉答は唯だ至尊に敬意を表する儀式的奏文とする慣例で、政治上の意味を含ませないことになつて居る。此の慣例は永久変更が相成らぬという訳でもないから、変更する必要と機会があらば、之れを変更しても一向差支がない。併しソレをするには適当の方法手続に依らざるべからずだ、然るに河野は適当の方法手続に依らずして、独断を以て従来の慣例を破つた。
△凡そ閣臣の失政を弾劾するのは、憲法より与へられたる議院の権能であるけれども、討論を用いずに之れを決することは出来ない。又た之れを討論に附するには、議院法の規定に依て議員より発議せしむるを要するのである。
△河野の朗読したる勅語奉答文は、形式上討論に附した姿になつて居るが、実際は討論を用いずに可決したのである。否討論が出来ないやうに仕向けたといつても宜しいと考へる。内閣の弾劾上奏案とも見るべきほどのものを、議長の勝手で拵らへて、議長の単意で提出して、討論の準備なき議院に可否を問ふといふ法はない。ソンな大切な問題を夢中に拍手して通過せしめ、後で大騒ぎを遣らかした議員も議員だが、其議員に不意打を喰はした河野議長の処為も、决して正当とは謂はれない。
△内政は弥縫を事とし、外交は機宜を失すといへる奉答文中の文字は、或は衆議院多数の意向を表現したものかも知れない。併し討論なしに之を可決しては、其文字は全く無意義の空文字となるのである。又た理由を説明せずに斯る上奏文を捧呈するのは、陛下に対する敬礼を欠て居ると思ふ。
△熟ら/\開会以前の形勢を見るに、政友会と憲政本党とは相聯合して内閣に当らうといふ攻撃同盟が成立つたのであるから、議事の進行次第で、閣員弾劾の上奏案が現はるゝのであつたかも知れない。併しソレにしても、十分当局者に質問をしたり、説明を求めたりして、其の上で正々堂々たる討論をも悉くし、今度こそは大に内閣の油を搾つて遣らうといふのは、聯合党領袖株の心算であつたらしい。ソレデ河野が若し聯合党の為に謀つたならば、彼れは独断でアのやうな奉答文を朗読する事は出来ぬ筈である。大石正巳は河野議長の処為を非常に喜むで居つたさうだが、ソレハ一時の感興に打たれたからであつて深く考へて見たら決して喜ぶべき訳のものでない。
△如何に目的が正しくても、手段が正しくなくては憲政を円満に発達せしむることが出来ない。少々は目的が間違つて居ても、之れを達するの手段が正しければ天下の同情を得ることがある。かるがゆゑに、政治家の苦心は、どうしたら手段が正しく見えるだらうと工夫することであつて、所謂る策士といふ奴は、目的は兎も角も手段を正しく見せ掛けるやうに仕組むのが巧みである。河野の今囘の遣り口は、全く之れとは反対であるから、たとひ河野自身では俯仰天地に恥ぢざる積りでも、世間では陰険悖戻の策略を用いたものゝやうに彼れを非難するのである。
△河野自から語る所では、奉答文を政治上の意義あるものとするのは、彼れの年来の持論で、彼れは議長の候補者に推された時、『若し当選して議長の椅子に就くことゝなつたら、此の持論を実行して見ようと決心した』さうだ。是れは真実の自白に相違ない。要するに朝野を驚かした奉答文も、唯だ此の単純なる
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