マ、1−3−29]有体にいへば、侯は宮廷政治の宰相なり※[#白ゴマ、1−3−29]侯は自負心に富みて、昂然自ら標置し、平生私智を恃むこと余りに多くして、輿論を視ること極めて軽く、個人的利害、個人的感情に傾き易き国民を指導して、与に国家の公問題を処决する如きは、恐らくは潔癖ある侯の能く忍ぶ所にあらず。余は侯を目して東洋のビスマークなりと信ずるほどに侯を崇拝せざるのみならず、侯を以てメツテルニヒの悪血を混じたる奸雄なりとも思はず。蓋し侯は天性神経過敏なれども、政治上に於ては極めて小心にして英断に乏しく、謹慎余りありて強固なる意力を欠きたる人なればなり。されど侯に期するに、グラツドストン、サリスバリーの事を以てするは、其見当違ひなる更に最も太甚し。
 侯はビスマークの大胆雄略なく、又メツテルニヒの隠険佞悪なしと雖も、其専制主義を喜び、宮廷的攻略に長ずるに至ては、侯は稍此二人に類似したる所あり。顧ふに侯が近来政党に接近したるは明白なる事実なり※[#白ゴマ、1−3−29]特に憲政党と頗る親密なる交通を為しつゝあるは、最も新らしき事実なり※[#白ゴマ、1−3−29]されど侯の憲政党と交通するや、猶ほ文明国人の未開国人と交通するが如し※[#白ゴマ、1−3−29]侯の眼中に映ずる憲政党は、尚ほ是れ政治上の未開国のみ※[#白ゴマ、1−3−29]侯は此未開国の法律に服従するの危険を恐る※[#白ゴマ、1−3−29]故に之れと交通すと雖も、常に傲然として思想上の治外法権を維持せり※[#白ゴマ、1−3−29]侯或は此未開国を征服するの野心ありとせむ※[#白ゴマ、1−3−29]されど侯は果して善良なる君主たるを得る乎※[#白ゴマ、1−3−29]伊藤侯と大隈伯とは、政界の両雄なりと公認せらるゝものなり※[#白ゴマ、1−3−29]其政治的手腕は真に両々相当るが為めなり※[#白ゴマ、1−3−29]されど党首として之を論ずれば、伊侯は到底大隈伯の対手に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]世間動もすれば伯を称して煽動家と為すものあれども、是れ伯を侮辱するに非ずむば、伯を誤解するなり※[#白ゴマ、1−3−29]伯の煽動家ならざるは、猶ほ伊藤侯の党首の器に非ざるが如し※[#白ゴマ、1−3−29]伯は意見に富み、判断に長じ、特に其記性非凡にして、英敏なる組織力あるは、善く伯を識るものゝ皆許す所なり※[#白ゴマ、1−3−29]試に見よ、会計法の未だ整頓せざるに際して、予算編製の創意を出だしたるものは大隈伯に非ずや※[#白ゴマ、1−3−29]始めて統計事業を成案し、会計検査法を設けて、行政事務の改良を謀りたるものは亦大隈伯に非ずや※[#白ゴマ、1−3−29]伯は曾て紙筆を執りたることなく、算盤を手にしたることなきも、善く複雑なる事実と数字とを記憶して、其解紛按排頗る迅速なり※[#白ゴマ、1−3−29]此点より言へば、伯は大事務家なり※[#白ゴマ、1−3−29]大行政家なり※[#白ゴマ、1−3−29]されど伯の最も偉なる所は、国民を指導するの力量ある是なり※[#白ゴマ、1−3−29]伯は独自一己の意見を有すると共に、雑駁なる国民問題を溶解して、更に之れを清新なる晶形と為すの陶鋳力《クリスタリゼーシヨン》あり、伯は此陶鋳力に依りて、国民の偏見、私情、迷想に属する分子を除却し、以て其醇分を代表するの意見を製造するものゝ如し※[#白ゴマ、1−3−29]是れ自ら党首の器にして、伊藤侯の企て及ばざる所と為す。若し此陶鋳力を以て煽動家の破壊力と同視せば、其謬見や大なり※[#白ゴマ、1−3−29]煽動家は国民の偏見、私情、迷想に投じて之れを死地に陥る※[#白ゴマ、1−3−29]其目的唯だ破壊に在り。例へば猟官熱の熾なるを見れば、直に官吏登庸法全廃を主張する如き、或は議員歳費増加案を提出して腐敗せる人心を収攬する如き、是れ実に煽動家の手段なりと謂ふを得可きも、若し夫れ大隈伯に至ては、曾て此般の言動に出でたることなし※[#白ゴマ、1−3−29]地租増加に反対したるを以て伯を煽動家と為さん乎※[#白ゴマ、1−3−29]市民を誘導して地租増加に賛成せしめたるも亦煽動家なり※[#白ゴマ、1−3−29]否、政治上の論争は総て煽動的なりと謂はざる可からず※[#白ゴマ、1−3−29]亦奇怪ならずや※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ大隈伯の長所にして短所なるは、其意見を公言するの大胆に過ぐること是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]伯は其語らむとする所を語るに於て頗る無遠慮なり、而も其語る所は大抵未来の問題に関するものたるを以て、其発表したる意見は、往々言質と為りて※[#白ゴマ、1−3−29]反対党に攻撃の材料を供給せり※[#白ゴマ、1−3−29]意見を公言するは政治家の美徳なれども、時としては沈黙を守るの反つて政治家の利益たるを知らざる可からず※[#白ゴマ、1−3−29]伯は他の政治家に比して割合に変説少きに拘らず、伯の政敵は、主として伯の変説最も著しきを言ふ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ他の政治家は意見を発表すること少なきが故に、其変説世に知らるゝこと少なく、伯は意見を発表すること多きが故に、其言質を執らへらるゝこと随て多きのみ。
 されど政治家は道徳家に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]苟も国民の利害、国家の公問題と両立せざる意見は、之れを守るも政治家の名誉に非ず、之れを捨つるも政治家の恥辱に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]変ず可くして変じ、捨つ可くして捨つ、唯自己の智見と良心とに是れ任す可きのみ※[#白ゴマ、1−3−29]特に国民を指導する党首に於て最も其然るを見る。
 伊藤侯は大隈伯の如く未来の問題を語ること少なく、其語るや大抵過去帳の展読のみ※[#白ゴマ、1−3−29]故に其言質を作ること稀れなる代りに、其発表せる意見は、国民の記憶を喚び起すの力あれども、国民を指導するの生命あるもの甚だ希れなり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ亦党首として大隈伯に及ばざり所以なり。
 之を要するに、伊藤侯は政治家としては当今第一流の人物なれども、党首としては大隈伯の対手に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]然るに憲政党は侯を誘ふて党首の位地に立たしめむとす※[#白ゴマ、1−3−29]是れ果して憲政党の利益なる乎※[#白ゴマ、1−3−29]侯にして若し憲政党に入らば、憲政党は其組織を一変して、更に侯の理想に依て着色せられたる新政党と為らむ※[#白ゴマ、1−3−29]而して自由主義は専制主義と為り、而して指導者を得る代りに命令者を得む。(三十二年八月)

     立憲政友会の創立及び其創立者

      (一)新組織の政党
 立憲政友会の創立は、確かに政治上の一進歩なり。少くとも近かき未来に於ける局面展開の動力たる可きは、何人も疑はざる所なり。但だ其の組織の果して健全なる発達を遂げ、其実力形貌共に果して能く完全なる政党たるを得可きや否やは、是れ固より前途に横はれる未解の設題たるのみ。余は敢て之が解釈を今日に試みむといふには非ず。
 立憲政友会の創立者を見るに、資望朝野の間に高き伊藤侯以下或は曾て台閣に列したる人あり、或は前日まで一党の領袖たりし人あり、或は敏腕の名ある旧官吏あり、或は地方の豪紳あり、其の他間接直接に立憲政友会の創立に与かりたるものは、孰れも所謂当代の名士にして、其自ら揚言する所を聞けば、遖ぱれ憲政の完成を期するを以て任と為し、私利を謀らず、猟官を願はざる忠誠明識の政治家なるものゝ如し。余豈其の醇駁を判じ、清濁を断ずといはむや。
 且つ政友会の総裁たる伊藤侯は、久しく既成政党の弊害を憂へ、屡々公私の集会に臨みて之れが矯正の必要を唱へたるを見るに於て、其の今囘自ら起て立憲政友会を組織したるもの、蓋し亦平生の理想を行はむと欲するに外ならじ。余は此の点に於て深く侯の志を諒とし、唯熱心に侯の成功を祷ると共に侯の幕下に集まれる諸君子が、始終善く侯の指導に服従し、以て国家の為めに侯の志を成さしめむことを望むや極めて切なり。有体にいへば、余は不幸にして侯の人物及び経綸に深厚なる同情を表する能はず。されど其の六十有二の高齢に達して、意気未だ毫も衰へず、自ら政友会を発起して、政治的新生涯の人たるを期す。其の頭脳精神の強健なる、亦一代の豪といふ可し。
 余は侯が政友会を発起したるを以て政治的新生涯に入るといふは何ぞや。侯が藩閥の範疇を脱して国民的政治家と為るの序幕は、疑ひもなく政友会の組織なればなり。侯は曾て超然主義の政治家なりき。今や侯は其の宿見を抛棄して自ら政党を組織せり。是れ侯の歴史に一大段落を作りしものに非ずや。唯だ侯が淡泊に旧自由党に入らずして、別に自家の単意に依りて政友会を発起したるは、稍々狭隘自重に過ぎたるの嫌あれども、是れ寧ろ侯の老獪のみ。
 曩に旧自由党総務委員が伊藤侯を大磯に訪ふて、侯に入党を勧め、以て全党指導の位地に立たむことを請ふや、侯は更に熟考の必要ありと称して即諾を与ふるに躊躇したりき。余を以て其の心事を推すに、第一歴史あり情実ある既成政党に入るときは、勢ひ自家の自由手腕を拘束せられて、十分其の意見を行ふこと能はざる恐れあり。第二旧自由党には政敵多く、特に侯の政友は侯と倶に旧自由党に入るを好まざりし事情あり。第三旧自由党は、当時局面展開を唱へて山県内閣と提携を絶ち、随つて事実上山県内閣に反対する態度を執りしを以て、若し伊藤侯にして此の際旧自由党に入りて之れを指導するに至らば、是れ恰も政権争奪の野心を表示するに同じく、山県内閣の手前、甚だ面白ろからず。第四旧自由党たとひ侯を首領として忠実なる服従を誓ふも、他の為に迎立せられたる首領は、何時其の廃黜する所と為るを知る可からず。苟も一たび侯の指導行はれざる場合と為れば、侯は板垣伯と同一運命に遭遇するか、然らざれば自ら脱党の挙に出でざる可からず。主権自由党に存すればなり。第五旧自由党の政綱主義及び組織は、総べて侯の理想と合致せず。之れを改造せむとすれば、其の全部を破壊せざる可からず。寧ろ新政党を創立するの便宜なるに如かむや。是れ侯が旧自由党に入るを避けて、別に立憲政友会を発起したる所以なり。
 侯が新政党を組織するに付ては、頗る経営惨憺の苦心を費やし、之れに着手するの前、先づ藩閥元老の承認を求むるの手段を執りたり。井上伯は政治上の主義に於てよりも、寧ろ私交上の関係に於て伊藤侯の政党組織に同情を表し、以て一種の任侠的援助を侯に与へたりと雖も、他の藩閥元老は、中心実に侯の政党組織を喜ばざりしに拘らず、猶ほ強て之れを表面より妨害したるものなかりしが如し。葢し藩閥元老の意気漸く衰へて、復た自ら今後の難局に当らむとするの抱負あるものなく、而して現に内閣の首相たる山県侯の如きも、最近二年間の経験に依りて、到底政党の勢力を無視する能はざるの趨勢を認識したれば、たとひ憲法上の解釈に於て多少伊藤侯と見を異にするものあるも、敢て成敗を賭して自家の所信を徹底せむとするの勇気ありとも見えず。是れ終に伊藤侯の政党組織を承認せざるを得ざる所以なり。侯は又旧自由党の熱心なる主張を排し、故らに党名を採らずして会名を用いたるは、識者より見れば、殆ど児戯に類すと雖も、是れ一は党と称すれば自由党の変名なるが如き嫌あると、一は全く既成政党の組織を踏襲するを欲せざる為なる可し、其の宣言及綱領を発表するに侯の単名を以てして、何人をも之れに加へざるは、是れ侯の最も意を用いたる所にして、其の理由は次の二点に帰着すべし。曰く立憲政友会は伊藤侯の創立したるものなれば、其の存廃を決するは伊藤侯の自由意思にして、何人も之れを掣肘するを得可からず。曰く宣言及び綱領は侯の単意に成りたるものなれば、之れを修正変更するは侯の独裁たる可く、随つて立憲政友会に入るものは徹頭徹尾侯に盲従し、何人も侯に容喙するを許さゞる是れなり。此の推測の正当なるは、政友会発会式の日に発表したる会則を一読せば更に明白なり。其の会則に拠れば、総務委員幹事長以下の選任より、大会、議員総会等の召集まで、一切総裁の権能に属すること、恰も文
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