者には信頼せらるゝの徳を有し[#「共同者には信頼せらるゝの徳を有し」に白三角傍点]、新聞紙の寵兒とはならざれども[#「新聞紙の寵兒とはならざれども」に白三角傍点]、上御一人の覺え頗るめでたく[#「上御一人の覺え頗るめでたく」に白三角傍点]、名聲に於ては甚だ揚らざるも[#「名聲に於ては甚だ揚らざるも」に白三角傍点]、勢力に於て確實なる基礎を有するものありとせば[#「勢力に於て確實なる基礎を有するものありとせば」に白三角傍点]、其政治家として成功するの要素果して孰れに多しとすべきか[#「其政治家として成功するの要素果して孰れに多しとすべきか」に白三角傍点]。山縣公爵は完全なる政治家に非ざるべし[#「山縣公爵は完全なる政治家に非ざるべし」に白三角傍点]、然れども少なくとも彼は俳優的政治家に非ずして[#「然れども少なくとも彼は俳優的政治家に非ずして」に白丸傍点]、實質ある成功を期圖するの政治家なり[#「實質ある成功を期圖するの政治家なり」に白丸傍点]。彼は此の實質ある成功を期圖するに於て[#「彼は此の實質ある成功を期圖するに於て」に白丸傍点]、毫も公衆の聲援を藉るの手段を執らざるものゝ如し[#「毫も公衆の聲援を藉るの手段を執らざるものゝ如し」に白丸傍点]。公衆の聲援なきも[#「公衆の聲援なきも」に白丸傍点]、實權を有するときは政治に成功するの難からざるを知るの政治家なり[#「實權を有するときは政治に成功するの難からざるを知るの政治家なり」に白丸傍点]。故に彼は國民に接近するよりも[#「に彼は國民に接近するよりも」に白丸傍点]、先づ權力に接近するの地盤を作るに努めたり[#「先づ權力に接近するの地盤を作るに努めたり」に白丸傍点]。此の點に於て大隈伯爵は固より彼れに及ばず、伊藤公爵と雖も或は彼れの用意の周到に如かざるべし。
現時の政治界は漸く元老の手を離れて新人物の斡旋に附せられむとするに於て、山縣公爵の勢力は遠からずして實存の形を失ふべきや必然なり。而も所謂る山縣系と目せらるゝ桂、清浦等の一派が、尚ほ新時代の勢力として優に大政黨と對抗するに足るを見れば、山縣公爵の涵養したる勢力の鞏固にして、其の根柢の深かきものあるを想ふべし。大隈伯爵の周圍には一人の小大隈と認むべきものなく、伊藤公爵の幕下にも亦小伊藤と稱すべきものあらざるに、獨り山縣系に屬する遊星の多數は、孰れも小山縣の面目を備へたり。是に由て之れを觀れば、彼れの感化力も亦驚くべきものなくむばあらず。以て彼れの眞價の存する所を知るべし。(四十一年一月)
活動したる河野廣中
△河野廣中の奉答文事件は、一時疑問の中心と爲つて、是れには黒幕があるの、進歩黨の策略だのと、いろ/\揣摩憶測をするものがあつたが、追々事實が擧がるに從つて、黒幕の仕事でも何でもない、河野一己の腦中から生れた趣向[#「河野一己の腦中から生れた趣向」に白三角傍点]であつたことが分明《わか》るやうになつた。
△兎角政治社會には、政略とか利害とかいふものがあつて、總ての觀察が色眼鏡を通して來るから、動もすると事實を曲解する傾があつて困まる。河野のやうな自ら欺くことの出來ない男が自分に何等の信念もないのに[#「河野のやうな自ら欺くことの出來ない男が自分に何等の信念もないのに」に白丸傍点]、唯だ策士の入智惠でアンな際どい芝居が演られるものでない[#「唯だ策士の入智惠でアンな際どい芝居が演られるものでない」に白丸傍点]。又た河野は正直だからといつて[#「又た河野は正直だからといつて」に白丸傍点]、一から十まで人の御先に遣はれる役目と極まつて居る道理もない[#「一から十まで人の御先に遣はれる役目と極まつて居る道理もない」に白丸傍点]。ソンな河野なら[#「ソンな河野なら」に白丸傍点]、福島事件の張本と爲つて[#「福島事件の張本と爲つて」に白丸傍点]、七年も八年も監獄の飯を食ふやうな陰謀を企てない[#「七年も八年も監獄の飯を食ふやうな陰謀を企てない」に白丸傍点]。
△奉答文事件は[#「奉答文事件は」に二重丸傍点]、河野本來の面目を遺憾なく發揮したものである[#「河野本來の面目を遺憾なく發揮したものである」に二重丸傍点]。
△一體當世の策士といふ奴は、陰險だの狡猾だのといつても、其の策略は大抵常識から割り出したもので、萬朝報の寶探しよりはモソツと判り易いやうに仕組まれて居る。河野は策士といはれる方でないから、所謂る策略といふやうなことは出來ぬかも知れない。併し策士の思ひも寄らぬ非常の決斷は[#「併し策士の思ひも寄らぬ非常の決斷は」に白丸傍点]、河野の如き眞面目の人物に見出ださるゝことが多い[#「河野の如き眞面目の人物に見出ださるゝことが多い」に白丸傍点]。
△常識から見れば、河野の奉答文私製は、到底正當の處爲と認め難い。英國の議會では、勅語奉答は直に内閣の不信任案となることがあつて、其の討議の爲に二日も三日も朝野の論戰を續ける慣例であるが、我國の議會では、勅語奉答は唯だ至尊に敬意を表する儀式的奏文とする慣例で、政治上の意味を含ませないことになつて居る。此の慣例は永久變更が相成らぬという譯でもないから、變更する必要と機會があらば、之れを變更しても一向差支がない。併しソレをするには適當の方法手續に依らざるべからずだ[#「併しソレをするには適當の方法手續に依らざるべからずだ」に白丸傍点]、然るに河野は適當の方法手續に依らずして、獨斷を以て從來の慣例を破つた。
△凡そ閣臣の失政を彈劾するのは、憲法より與へられたる議院の權能であるけれども、討論を用ゐずに之れを決することは出來ない[#「討論を用ゐずに之れを決することは出來ない」に白三角傍点]。又た之れを討論に附するには[#「又た之れを討論に附するには」に白三角傍点]、議院法の規定に依て議員より發議せしむるを要するのである[#「議院法の規定に依て議員より發議せしむるを要するのである」に白三角傍点]。
△河野の朗讀したる勅語奉答文は、形式上討論に附した姿になつて居るが、實際は討論を用ゐずに可決したのである。否討論が出來ないやうに仕向けたといつても宜しいと考へる。内閣の彈劾上奏案とも見るべきほどのものを[#「内閣の彈劾上奏案とも見るべきほどのものを」に白丸傍点]、議長の勝手で拵らへて[#「議長の勝手で拵らへて」に白丸傍点]、議長の單意で提出して[#「議長の單意で提出して」に白丸傍点]、討論の準備なき議院に可否を問ふといふ法はない[#「討論の準備なき議院に可否を問ふといふ法はない」に白丸傍点]。ソンな大切な問題を夢中に拍手して通過せしめ、後で大騷ぎを遣らかした議員も議員だが、其議員に不意打を喰はした河野議長の處爲も、决して正當とは謂はれない。
△内政は彌縫を事とし、外交は機宜を失すといへる奉答文中の文字は、或は衆議院多數の意向を表現したものかも知れない。併し討論なしに之を可決しては、其文字は全く無意義の空文字となるのである。又た理由を説明せずに斯る上奏文を捧呈するのは、陛下に對する敬禮を缺て居ると思ふ。
△熟ら/\開會以前の形勢を見るに、政友會と憲政本黨とは相聯合して内閣に當らうといふ攻撃同盟が成立つたのであるから、議事の進行次第で、閣員彈劾の上奏案が現はるゝのであつたかも知れない。併しソレにしても、十分當局者に質問をしたり、説明を求めたりして、其の上で正々堂々たる討論をも悉くし、今度こそは大に内閣の油を搾つて遣らうといふのは、聯合黨領袖株の心算であつたらしい。ソレデ河野が若し聯合黨の爲に謀つたならば、彼れは獨斷でアのやうな奉答文を朗讀する事は出來ぬ筈である。大石正巳は河野議長の處爲を非常に喜むで居つたさうだが、ソレハ一時の感興に打たれたからであつて深く考へて見たら決して喜ぶべき譯のものでない[#「ソレハ一時の感興に打たれたからであつて深く考へて見たら決して喜ぶべき譯のものでない」に傍点]。
△如何に目的が正しくても、手段が正しくなくては憲政を圓滿に發達せしむることが出來ない。少々は目的が間違つて居ても、之れを達するの手段が正しければ天下の同情を得ることがある。かるがゆゑに、政治家の苦心は、どうしたら手段が正しく見えるだらうと工夫することであつて、所謂る策士といふ奴は[#「所謂る策士といふ奴は」に白丸傍点]、目的は兎も角も手段を正しく見せ掛けるやうに仕組むのが巧みである[#「目的は兎も角も手段を正しく見せ掛けるやうに仕組むのが巧みである」に白丸傍点]。河野の今囘の遣り口は、全く之れとは反對であるから、たとひ河野自身では俯仰天地に恥ぢざる積りでも、世間では陰險悖戻の策略を用ゐたものゝやうに彼れを非難するのである。
△河野自から語る所では、奉答文を政治上の意義あるものとするのは、彼れの年來の持論で、彼れは議長の候補者に推された時、『若し當選して議長の椅子に就くことゝなつたら、此の持論を實行して見ようと決心した』さうだ。是れは眞實の自白[#「眞實の自白」に白三角傍点]に相違ない。要するに朝野を驚かした奉答文も、唯だ此の單純なる功名心[#「單純なる功名心」に丸傍点]から生れたので、策略だの陰謀だのといふほどのものでもないと考へる。
△然らば彼れは何故に此の事を一應政友に相談せずに獨斷に遣つたかといふに、ソコが則ち河野本來の面目で[#「ソコが則ち河野本來の面目で」に二重丸傍点]、彼れは大事を行ふ場合に[#「彼れは大事を行ふ場合に」に二重丸傍点]、人と相談する男でない[#「人と相談する男でない」に二重丸傍点]。又た責任を人と分かつやうなことは好まない方だ[#「又た責任を人と分かつやうなことは好まない方だ」に二重丸傍点]。度量が濶いやうで[#「度量が濶いやうで」に二重丸傍点]、狹まいやうで[#「狹まいやうで」に二重丸傍点]、チヨツと尋常人と異つた點がある[#「チヨツと尋常人と異つた點がある」に二重丸傍点]。
△勿論從來の慣例を破つて、奉答文に閣臣彈劾の意義を含ませるといふことは、相談しても容易に同意を得るものでないことは、河野も能く知つて居たのである。コンな話を正面から持ち掛けて見給へ、代議士などは唯だ膽を潰ぶすばかりで、政黨の領袖で候のといつて居る手合でもイザとなると腰を拔かすに極つて居る。相談なんてソンなこと非常の英斷を下だす場合に禁物である。
△元來河野は、如何なる地位に居ても、如何なる時代に在ても間斷なく仕事をするといふ性格の人でない。彼れは感情の最高潮に達した時でなくては活動を顯はさない質である[#「彼れは感情の最高潮に達した時でなくては活動を顯はさない質である」に白三角傍点]。世は彼れが久しく蜚ばず鳴かずに居つたのを嘲つて無能といつたが、是れは蜚むだり鳴いたりする動機に觸れなかつたので、無能には違ひないが、活動力は消滅した譯でないのである。
△算盤を彈じくとか、理窟を捏ねるとかいふことは、能者のすることで、河野のやうな性格の人には出來ぬ藝だ。利害を離れ[#「利害を離れ」に白丸傍点]、政略を離れて[#「政略を離れて」に白丸傍点]、唯だ一個河野といふ人格の自我を發揮する時でなくては[#「唯だ一個河野といふ人格の自我を發揮する時でなくては」に白丸傍点]、彼れの本領が見えぬのである[#「彼れの本領が見えぬのである」に白丸傍点]。
△トコロが當世は小刀細工の流行する時節であるから、河野の自我が發揮された奉答文事件を認めて、誰れか背後に黒幕が隱くれて河野を操つたのだと推測するものがある。誠に河野の爲に氣の毒の感に堪へない。特にニコチン中毒の説を流布して、河野と煙草屋との間に何か秘密でも在るかのやうに言ひ做すに至つては、餘り酷どい穿ち樣であると考へる。ソンな河野なら、今のやうな貧乏はして居ない。
△政府に買收されたといふのも黨派根性から割り出した推測で、愚にも附かない話ぢや。マー河野よりも政府の都合を考へて見給へ、解散の結果は、前年度の豫算を執行することゝなるのだ。第十七議會は解散で三十六年度の豫算が不成立となつて居るのだから[#「第十七議會は解散で三十六年度の
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