に吹聽し、紹介し、推奬して、彼れに對する記憶を深からしめざるなし。是れと同時に、彼は自ら進むで活溌なる社會的運動に關係し、或は好むで公私の會合に出席し、或は屡々大なる園遊會を開き、以て自己と公衆との連絡を謀るが故に、彼は既に政黨總理を辭して直接に政治界と交渉せざるも、其の存在は依然として公衆瞻仰の標目たり。特に彼れの有する廣大なる庭園は、殆ど一種の高等公園として公衆に公開せられたるものゝ如く、彼れの誇りとする園藝の如きも、彼に在ては閑人の道樂に非ずして多忙なる社會的運動の一方便たり。彼は其の庭園に瀟洒たる一茶室を有せり。而も余は未だ曾て彼れが宗匠を呼びて茶會を催したるの風流ありしを聞かず。閑寂を旨とする茶會の如きは彼れの到底堪ゆる所に非ればなり。彼は陽氣を好み多事を好み、活動を好み、變化を好む。彼は一日も懷抱を封鎖する能はず、一日も談論を廢する能はず、一日も社交と隔離する能はず、一日も沈欝なる天地に俯仰する能はず。彼は山を樂むの仁者たるよりは水を樂むの智者たるを喜べり。彼は安心立命を求むるの達人たるよりは、一生奮鬪を繼續するの戰士たるを選べり。
伊藤公爵を以て彼れに比すれば、其の人格に大なる相違ありと雖も、其の名譽心の頗る旺盛にして、常に身を公衆の眼前に置き、自己の存在の社會に意識せられむことを求むるの點に於ては則ち一なり。彼は大隈伯爵の如く放膽無雙ならず、又大隈伯爵の如く非常に多方面ならず。彼れの世界は殆ど政治に限られたり。然れども彼は此の限られたる世界を成るべく華やかにして、働らき甲斐あらむことを期するが故に、自己の存在の社會に忘れらるゝは、最も彼れの恐るゝ所なり。彼は又大隈伯の如く單に社會の潮流に乘ずる巧妙なる舟子たるを以て甘むぜずして、潮流其物を指導せむとするの慨ありと雖も、要するに風潮以外に立つて獨自一己の理想を保守する人にあらず。若し伊藤公爵と大隈伯爵とを對照せば、伊藤公爵は歐洲大陸の政治家たる面影あり、大隈伯爵は英國政治家の風ありと謂ふべくして孰れも歐洲式の政治家たり。轉じて山縣公爵を觀れば、其生涯は夐然別種なり。彼は明治の歴史に於て最も重要なる部分を働らきたる一人なり。彼は自ら首相となりて内閣を組織したること前後二囘、其の内閣を組織せざる場合に於ても、屡々内閣の製造者たることありて、其の發言は往々内閣の更迭に影響を示したり。彼は所謂る元老團の要素として天皇陛下より特絶の待遇を受け、内外の重大なる國務は、一として彼れの與かり知らざるものなく、恐らくは最後の眞理を最初に聞くべき位地に居るものは彼なるべし[#「恐らくは最後の眞理を最初に聞くべき位地に居るものは彼なるべし」に白丸傍点]。蓋し日清戰爭以來、軍事は政治機關の強部を占め、所謂る戰後經營なるものゝ如き、畢竟軍事を主として財政を從としたる立案たるに過ぎざるの觀あり。之れに加ふるに日露大戰の經驗を以てしたるに於て總ての政治問題は殆ど軍事萬能主義に依て左右せらるゝの傾向を現はせり。則ち是の時に當りて、政府の樞機は軍事を心軸として囘旋するが故に、政治問題の秘鍵を握るものは亦軍事當局者なりと推定するも可なり。而して山縣公爵は軍國の大首領として優越的威望を有するのみならず、軍事と政治の關係を研究するに於て又他の元老の何人にも勝れるは言ふを俟たず。斯くの如き威望と長所とを兼備せる山縣公爵が最も早く政治問題の極意に通じ得べき地位に在るは當然なりと謂ふべし。但だ彼は當局者としても、局外者としても常に超然として公衆環視の圈外に特立せむとするの態度を執るものゝ如く、伊藤公爵大隈伯爵等が終始公衆の耳目を聳動せむとすると頗る其の趣を異にせり。されば伊藤公爵大隈伯爵等は、其の妍醜瑕瑜大概露見して蔽はるゝ所なきも、山縣公爵の眞價は容易に公衆の窺ひ知る所とならず。彼は輪廓明白なる一人格としてよりは[#「彼は輪廓明白なる一人格としてよりは」に白丸傍点]、寧ろ人格化したる一勢力として國民の眼に映ぜり[#「寧ろ人格化したる一勢力として國民の眼に映ぜり」に白丸傍点]。從つて國民は彼れの存在を政權と聯結して觀察するに止まり[#「從つて國民は彼れの存在を政權と聯結して觀察するに止まり」に白丸傍点]、眞に能く彼れの人格を領解し得るものは甚だ少なきに似たり[#「眞に能く彼れの人格を領解し得るものは甚だ少なきに似たり」に白丸傍点]。
且つ伊藤公爵も、大隈伯爵も、其の私生涯と公生涯とを問はず、均しく之れを公處の白堊光裡に展開して彼等の自由批評に任ずと雖も、山縣公爵に至ては、公私の生涯に截然たる分界あるが故に[#「公私の生涯に截然たる分界あるが故に」に白丸傍点]、其の私生涯は醇粹なる私生涯にして殆ど公衆と何の交渉する所なし[#「其の私生涯は醇粹なる私生涯にして殆ど公衆と何の交渉する所なし」に白丸傍点]。彼は朝廷の大禮、若くは官務的性質を帶びたる會合以外に出席すること甚だ稀なり、單に社交を目的とする普通の公會に周旋して、八面酬接の交渉を事とするは、彼れの性向に適せざる所なるべし。時として椿山莊園遊會を見ることあるも、是れ大切なる外國の貴賓に敬意を表する場合か否らずむば一家の賀儀を機會として少數の親近者を招待する場合に行はるゝのみ。彼は政治家として國民の輿論に拘束せらるゝを避くるとともに[#「彼は政治家として國民の輿論に拘束せらるゝを避くるとともに」に白丸傍点]、其の私生涯に於ても亦公衆の心理に煩はさるゝを免かれむと欲するものゝ如く[#「其の私生涯に於ても亦公衆の心理に煩はさるゝを免かれむと欲するものゝ如く」に白丸傍点]、則ち其の庭内境靜かにして風塵到らざる處に安置したる彼れの銅像は[#「則ち其の庭内境靜かにして風塵到らざる處に安置したる彼れの銅像は」に白丸傍点]、無言の間に善く活ける主人公の理想を語る者に非ずして何ぞや[#「無言の間に善く活ける主人公の理想を語る者に非ずして何ぞや」に白丸傍点]。されば彼の私生涯は、豪華の以て世に誇るべき者なく、盛裝の以て人を驚かすべきものなく、彼れの位地よりいへば、寧ろ極めて單純簡朴なりと評すべし。此の私生涯に含蓄せられたる趣味も[#「此の私生涯に含蓄せられたる趣味も」に白丸傍点]、亦從つて公衆的ならずして個人的なり[#「亦從つて公衆的ならずして個人的なり」に白丸傍点]、一般的ならずして家族的なり[#「一般的ならずして家族的なり」に白丸傍点]。私生涯の彼は書院の人にして、彼は僅に漢詩を作り、和歌を詠ずるの閑趣味を解するのみ。圍碁を弄し謠曲を奏するの娯樂あるのみ。有體にいへば山縣公爵は決して公衆の好愛する政治家に非ず。然れども世には一般公衆に好愛せられずして、却つて鞏固なる勢力を有する政治家あり。彼は一般公衆に對しては[#「彼は一般公衆に對しては」に白三角傍点]、一の快感を與ふべき態度を示さず[#「一の快感を與ふべき態度を示さず」に白三角傍点]。彼は自己の能事を盡くして[#「彼は自己の能事を盡くして」に白三角傍点]、必らずしも其の公衆に知られむことを願はず[#「必らずしも其の公衆に知られむことを願はず」に白三角傍点]。彼は浮泛なる群情に殉ずるを爲さゞる代りに[#「彼は浮泛なる群情に殉ずるを爲さゞる代りに」に白三角傍点]、少數の共同者に信頼せらるゝを以て滿足せり[#「少數の共同者に信頼せらるゝを以て滿足せり」に白三角傍点]。彼は細心にして愼獨の工夫あり[#「彼は細心にして愼獨の工夫あり」に白三角傍点]、謹嚴にして妄りに放言高論せざるが故に[#「謹嚴にして妄りに放言高論せざるが故に」に白三角傍点]、彼れの共同者は[#「彼れの共同者は」に白三角傍点]、彼れと秘密を語り[#「彼れと秘密を語り」に白三角傍点]、大事を謀りて危まざるなり[#「大事を謀りて危まざるなり」に白三角傍点]、彼は批評せずして計畫し[#「彼は批評せずして計畫し」に白三角傍点]、實行し[#「實行し」に白三角傍点]、否らずむば沈默するが故に[#「否らずむば沈默するが故に」に白三角傍点]、國民の眼には頗る陰氣にして腹黒き政治家に見ゆるも[#「國民の眼には頗る陰氣にして腹黒き政治家に見ゆるも」に白三角傍点]、彼れの親近者及び共同者に對する行動は[#「彼れの親近者及び共同者に對する行動は」に白三角傍点]、眞摯なる考慮[#「眞摯なる考慮」に白三角傍点]、動搖せざる決斷[#「動搖せざる決斷」に白三角傍点]、負托に背かざる信義[#「負托に背かざる信義」に白三角傍点]、責任に對する大なる信念を以て表現せらる[#「責任に對する大なる信念を以て表現せらる」に白三角傍点]。山縣公爵は稍々是れに類する政治家なり[#「山縣公爵は稍々是れに類する政治家なり」に白三角傍点]。其の公衆に歡迎せられずして、而も猶ほ能く政治界の一大勢力たるは、彼れの人格が少數共同者に信頼せらるゝ所あるが爲なり。顧ふに彼れの共同者若くは親近者の中にも、感情趣味に於て彼れと相容れざるもの之れあらむ。然れども終に彼れに對して惡聲を放つものなきは、彼を以て與に樂むべからざるも[#「彼を以て與に樂むべからざるも」に白丸傍点]、相信頼するに足るの人なりと爲すに由れり[#「相信頼するに足るの人なりと爲すに由れり」に白丸傍点]。世間或は彼を徳川家康に比す。蓋し陰忍老獪にして權謀に富めること二人相同じと爲すなり。安んぞ知らむ[#「安んぞ知らむ」に白丸傍点]、二人の最も相似たる所は[#「二人の最も相似たる所は」に白丸傍点]、其の共同者をして信頼せしむるに足るの確乎不拔なる資質に存することを[#「其の共同者をして信頼せしむるに足るの確乎不拔なる資質に存することを」に白丸傍点]。豈唯だ陰忍老獪にして人の信頼を得ること彼れが如きことあらむや[#「豈唯だ陰忍老獪にして人の信頼を得ること彼れが如きことあらむや」に白丸傍点]。
彼れの人格思想は、伊藤公爵大隈伯爵等と對照すれば、より多く東洋的なりと雖も、若し強ひて歐洲に其の比倫を求めば、英國のウエリントン其の人を擧げざるべからず。出でては元帥たり入つては宰相たる所、我が山縣公爵とウエリントンと東西の好一對なるべく、其の政治思想の保守的に傾けること亦二人甚だ相遠からず。唯だウエリントンは殆ど政治家たるの一能力だも備へざりき。彼は經綸若くは政術に就いては僅少の智識を有したるのみ。彼れが唯一の注意は女皇内閣の權力を完全に維持せむとするに在りき。彼は過失多き政治家なりき。無策の政治家なりき。而も其の能く首相として内閣を組織し得たるは、彼れが赫々たる戰功に伴へる威望の力に由りたるのみ。我が山縣公爵が、其の本領の亦軍事に在るに拘らず、其の政治の方面に於ても偉大の勢力を有すると同日にして語るべからず。然れども二人に共通する特色は[#「然れども二人に共通する特色は」に白丸傍点]、社交的色彩を放てる生涯を有せざる是れなり[#「社交的色彩を放てる生涯を有せざる是れなり」に白丸傍点]。ウエリントンは毫も公衆の感情に頓着せざると共に、又公衆に好愛せらるべき、傾向を其の天分に發見せざりき、彼れの態度は冷靜なりき、乾燥なりき、生硬なりき。彼れの言行には、一點の衒耀なく、夸張なく、文采の燦爛たるものなく、活氣の飛動せるものなく、常に克己、自制、規律を以て鍛錬せられたる軍人氣質の標本たりき。是れ必らずしも温暖なる情緒を缺けるが爲に非ず。彼れの友誼心の深厚にして且つ恒久的なりしは、彼れの親近者の皆認識する所にして、是を以て彼は好愛せられざりしも、信頼せられ、歸依せられ、服從せられたりき。而も彼れをして人望の偶像たらしむるには、彼れの人格は餘りに嚴肅にして陰氣なりき。之れが我が山縣公爵に見るも、亦大同小異の模型に逢ふの感なからずや。
若し政治家を俳優と同視し、其の世に處するや、恰も俳優の舞臺に立つが如く、其の言行絶えず公衆の耳目に印象を與ふるを以て能事とすること、猶ほ俳優が一に大向ふの喝采を博するの技術を盡すに似たるを取るべしとせば、山縣公爵の如きは最も割の惡しき政治家なり。若し之れに反して、公衆には好愛せられざるも[#「公衆には好愛せられざるも」に白三角傍点]、共同
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