同時に[#「此れと同時に」に白丸傍点]、其智見判斷を以て[#「其智見判斷を以て」に白丸傍点]、國民の意思を壓服せむとするは[#「國民の意思を壓服せむとするは」に白丸傍点]、是れ專制家の事なり[#「是れ專制家の事なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]余が所謂る黨首には非ず[#「余が所謂る黨首には非ず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]煽動家はモツブの頭領たる可し[#「煽動家はモツブの頭領たる可し」に傍点]、政黨の首領たるを得ず[#「政黨の首領たるを得ず」に傍点]、專制家は宮廷政治の宰相たる可し[#「專制家は宮廷政治の宰相たる可し」に傍点]、多數政治の宰相たるを得ず[#「多數政治の宰相たるを得ず」に傍点]。
余は伊藤侯が當今第一流の政治家として、其智見判斷固より一頭地を地平線上より抽むずる者あるを認識す。されど侯は政黨の首領として、國民を指導するの適才なりや否やと問はゞ、余は容易に之れを首肯する能はず※[#白ゴマ、1−3−29]有體にいへば[#「有體にいへば」に白丸傍点]、侯は宮廷政治の宰相なり[#「侯は宮廷政治の宰相なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]侯は自負心に富みて[#「侯は自負心に富みて」に白丸傍点]、昂然自ら標置し[#「昂然自ら標置し」に白丸傍点]、平生私智を恃むこと餘りに多くして[#「平生私智を恃むこと餘りに多くして」に白丸傍点]、輿論を視ること極めて輕く[#「輿論を視ること極めて輕く」に白丸傍点]、個人的利害[#「個人的利害」に白丸傍点]、個人的感情に傾き易き國民を指導して[#「個人的感情に傾き易き國民を指導して」に白丸傍点]、與に國家の公問題を處决する如きは[#「與に國家の公問題を處决する如きは」に白丸傍点]、恐らくは潔癖ある侯の能く忍ぶ所にあらず[#「恐らくは潔癖ある侯の能く忍ぶ所にあらず」に白丸傍点]。余は侯を目して東洋のビスマークなりと信ずるほどに侯を崇拜せざるのみならず、侯を以てメツテルニヒの惡血を混じたる奸雄なりとも思はず。蓋し侯は天性神經過敏なれども[#「蓋し侯は天性神經過敏なれども」に白丸傍点]、政治上に於ては極めて小心にして英斷に乏しく[#「政治上に於ては極めて小心にして英斷に乏しく」に白丸傍点]、謹愼餘りありて強固なる意力を缺きたる人なればなり[#「謹愼餘りありて強固なる意力を缺きたる人なればなり」に白丸傍点]。されど侯に期するに[#「されど侯に期するに」に二重丸傍点]、グラツドストン[#「グラツドストン」に二重丸傍点]、サリスバリーの事を以てするは[#「サリスバリーの事を以てするは」に二重丸傍点]、其見當違ひなる更に最も太甚し[#「其見當違ひなる更に最も太甚し」に二重丸傍点]。
侯はビスマークの大膽雄略なく、又メツテルニヒの隱險佞惡なしと雖も、其專制主義を喜び、宮廷的攻略に長ずるに至ては、侯は稍此二人に類似したる所あり。顧ふに侯が近來政黨に接近したるは明白なる事實なり※[#白ゴマ、1−3−29]特に憲政黨と頗る親密なる交通を爲しつゝあるは、最も新らしき事實なり※[#白ゴマ、1−3−29]されど侯の憲政黨と交通するや[#「されど侯の憲政黨と交通するや」に白丸傍点]、猶ほ文明國人の未開國人と交通するが如し[#「猶ほ文明國人の未開國人と交通するが如し」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]侯の眼中に映ずる憲政黨は[#「侯の眼中に映ずる憲政黨は」に白丸傍点]、尚ほ是れ政治上の未開國のみ[#「尚ほ是れ政治上の未開國のみ」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]侯は此未開國の法律に服從するの危險を恐る[#「侯は此未開國の法律に服從するの危險を恐る」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]故に之れと交通すと雖も[#「故に之れと交通すと雖も」に白丸傍点]、常に傲然として思想上の治外法權を維持せり[#「常に傲然として思想上の治外法權を維持せり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]侯或は此未開國を征服するの野心ありとせむ[#「侯或は此未開國を征服するの野心ありとせむ」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]されど侯は果して善良なる君主たるを得る乎[#「されど侯は果して善良なる君主たるを得る乎」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]伊藤侯と大隈伯とは、政界の兩雄なりと公認せらるゝものなり※[#白ゴマ、1−3−29]其政治的手腕は眞に兩々相當るが爲めなり※[#白ゴマ、1−3−29]されど黨首として之を論ずれば、伊侯は到底大隈伯の對手に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]世間動もすれば伯を稱して煽動家と爲すものあれども、是れ伯を侮辱するに非ずむば、伯を誤解するなり※[#白ゴマ、1−3−29]伯の煽動家ならざるは、猶ほ伊藤侯の黨首の器に非ざるが如し※[#白ゴマ、1−3−29]伯は意見に富み[#「伯は意見に富み」に白丸傍点]、判斷に長じ[#「判斷に長じ」に白丸傍点]、特に其記性非凡にして[#「特に其記性非凡にして」に白丸傍点]、英敏なる組織力あるは[#「英敏なる組織力あるは」に白丸傍点]、善く伯を識るものゝ皆許す所なり[#「善く伯を識るものゝ皆許す所なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]試に見よ[#「試に見よ」に傍点]、會計法の未だ整頓せざるに際して[#「會計法の未だ整頓せざるに際して」に傍点]、豫算編製の創意を出だしたるものは大隈伯に非ずや[#「豫算編製の創意を出だしたるものは大隈伯に非ずや」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]始めて統計事業を成案し[#「始めて統計事業を成案し」に傍点]、會計檢査法を設けて[#「會計檢査法を設けて」に傍点]、行政事務の改良を謀りたるものは亦大隈伯に非ずや[#「行政事務の改良を謀りたるものは亦大隈伯に非ずや」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]伯は曾て紙筆を執りたることなく[#「伯は曾て紙筆を執りたることなく」に傍点]、算盤を手にしたることなきも[#「算盤を手にしたることなきも」に傍点]、善く複雜なる事實と數字とを記憶して[#「善く複雜なる事實と數字とを記憶して」に傍点]、其解紛按排頗る迅速なり[#「其解紛按排頗る迅速なり」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]此點より言へば[#「此點より言へば」に白丸傍点]、伯は大事務家なり[#「伯は大事務家なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]大行政家なり[#「大行政家なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]されど伯の最も偉なる所は、國民を指導するの力量ある是なり※[#白ゴマ、1−3−29]伯は獨自一己の意見を有すると共に[#「伯は獨自一己の意見を有すると共に」に二重丸傍点]、雜駁なる國民問題を溶解して[#「雜駁なる國民問題を溶解して」に二重丸傍点]、更に之れを清新なる晶形と爲すの[#「更に之れを清新なる晶形と爲すの」に二重丸傍点]陶鑄力《クリスタリゼーシヨン》あり[#「あり」に二重丸傍点]、伯は此陶鑄力に依りて[#「伯は此陶鑄力に依りて」に二重丸傍点]、國民の偏見[#「國民の偏見」に二重丸傍点]、私情[#「私情」に二重丸傍点]、迷想に屬する分子を除却し[#「迷想に屬する分子を除却し」に二重丸傍点]、以て其醇分を代表するの意見を製造するものゝ如し[#「以て其醇分を代表するの意見を製造するものゝ如し」に二重丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]是れ自ら黨首の器にして[#「是れ自ら黨首の器にして」に二重丸傍点]、伊藤侯の企て及ばざる所と爲す[#「伊藤侯の企て及ばざる所と爲す」に二重丸傍点]。若し此陶鑄力を以て煽動家の破壞力と同視せば、其謬見や大なり※[#白ゴマ、1−3−29]煽動家は國民の偏見、私情、迷想に投じて之れを死地に陷る※[#白ゴマ、1−3−29]其目的唯だ破壞に在り。例へば獵官熱の熾なるを見れば、直に官吏登庸法全廢を主張する如き、或は議員歳費増加案を提出して腐敗せる人心を收攬する如き、是れ實に煽動家の手段なりと謂ふを得可きも、若し夫れ大隈伯に至ては、曾て此般の言動に出でたることなし※[#白ゴマ、1−3−29]地租増加に反對したるを以て伯を煽動家と爲さん乎※[#白ゴマ、1−3−29]市民を誘導して地租増加に贊成せしめたるも亦煽動家なり※[#白ゴマ、1−3−29]否、政治上の論爭は總て煽動的なりと謂はざる可からず※[#白ゴマ、1−3−29]亦奇怪ならずや※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ大隈伯の長所にして短所なるは[#「唯だ大隈伯の長所にして短所なるは」に傍点]、其意見を公言するの大膽に過ぐること是れなり[#「其意見を公言するの大膽に過ぐること是れなり」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]伯は其語らむとする所を語るに於て頗る無遠慮なり[#「伯は其語らむとする所を語るに於て頗る無遠慮なり」に傍点]、而も其語る所は大抵未來の問題に關するものたるを以て[#「而も其語る所は大抵未來の問題に關するものたるを以て」に傍点]、其發表したる意見は[#「其發表したる意見は」に傍点]、往々言質と爲りて[#「往々言質と爲りて」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]反對黨に攻撃の材料を供給せり[#「反對黨に攻撃の材料を供給せり」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]意見を公言するは政治家の美徳なれども、時としては沈默を守るの反つて政治家の利益たるを知らざる可からず※[#白ゴマ、1−3−29]伯は他の政治家に比して割合に變説少きに拘らず、伯の政敵は、主として伯の變説最も著しきを言ふ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ他の政治家は意見を發表すること少なきが故に[#「是れ他の政治家は意見を發表すること少なきが故に」に白丸傍点]、其變説世に知らるゝこと少なく[#「其變説世に知らるゝこと少なく」に白丸傍点]、伯は意見を發表すること多きが故に[#「伯は意見を發表すること多きが故に」に白丸傍点]、其言質を執らへらるゝこと隨て多きのみ[#「其言質を執らへらるゝこと隨て多きのみ」に白丸傍点]。
されど政治家は道徳家に非ず[#「されど政治家は道徳家に非ず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]苟も國民の利害[#「苟も國民の利害」に白丸傍点]、國家の公問題と兩立せざる意見は[#「國家の公問題と兩立せざる意見は」に白丸傍点]、之れを守るも政治家の名譽に非ず[#「之れを守るも政治家の名譽に非ず」に白丸傍点]、之れを捨つるも政治家の恥辱に非ず[#「之れを捨つるも政治家の恥辱に非ず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]變ず可くして變じ[#「變ず可くして變じ」に白丸傍点]、捨つ可くして捨つ[#「捨つ可くして捨つ」に白丸傍点]、唯自己の智見と良心とに是れ任す可きのみ[#「唯自己の智見と良心とに是れ任す可きのみ」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]特に國民を指導する黨首に於て最も其然るを見る[#「特に國民を指導する黨首に於て最も其然るを見る」に白丸傍点]。
伊藤侯は大隈伯の如く未來の問題を語ること少なく[#「伊藤侯は大隈伯の如く未來の問題を語ること少なく」に傍点]、其語るや大抵過去帳の展讀のみ[#「其語るや大抵過去帳の展讀のみ」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]故に其言質を作ること稀れなる代りに[#「故に其言質を作ること稀れなる代りに」に傍点]、其發表せる意見は[#「其發表せる意見は」に傍点]、國民の記憶を喚び起すの力あれども[#「國民の記憶を喚び起すの力あれども」に傍点]、國民を指導するの生命あるもの甚だ希れなり[#「國民を指導するの生命あるもの甚だ希れなり」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]是れ亦黨首として大隈伯に及ばざり所以なり[#「是れ亦黨首として大隈伯に及ばざり所以なり」に傍点]。
之を要するに、伊藤侯は政治家としては當今第一流の人物なれども、黨首としては大隈伯の對手に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]然るに憲政黨は侯を誘ふて黨首の位地に立たしめむとす※[#白ゴマ、1−3−29]是れ果して憲政黨の利益なる乎※[#白ゴマ、1−3−29]侯にして若し憲政黨に入らば[#「侯にして若し憲政黨に入らば」に白丸傍点]、憲政黨は其組織を一變
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