りたる政略に比して更に恐る可き濁浪を政界に汎濫せしめたり[#「其實質に於て既往政府の取りたる政略に比して更に恐る可き濁浪を政界に汎濫せしめたり」に白丸傍点]、此の濁浪は黨人を溺死せしめ[#「此の濁浪は黨人を溺死せしめ」に白丸傍点]、議院を溺死せしめ[#「議院を溺死せしめ」に白丸傍点]、延て政府をして亦溺死せしめむとするの猛力を以て進行しつゝあり[#「延て政府をして亦溺死せしめむとするの猛力を以て進行しつゝあり」に白丸傍点]、顧ふに閣下は内閣組織の當初より、早く其の政略の弊害斯くの如くならむことを豫期せざりしなる可し、唯だ其の如何にもして内閣の存立を永からしめむと欲するに急なる、自ら過失の極處に達するを覺らざるのみ、蓋し閣下は初め獵官を制せむとして或は官吏登庸法を改正し、或は議員の歳費を増加したれども、此れと同時に政治的射利熱を利用して議院を操縱したる結果は[#「此れと同時に政治的射利熱を利用して議院を操縱したる結果は」に傍点]、萬般の問題總べて賄賂と報酬とに依て決定し[#「萬般の問題總べて賄賂と報酬とに依て決定し」に傍点]、神聖なる議院をして殆ど一種の株式市場たらしめたり[#「神聖なる議院をして殆ど一種の株式市場たらしめたり」に傍点]、夫れ政治的射利の弊風一たび行はるれば、議員は毫も國庫の支出を惜まずして、唯だ其地位を營利の具たらしめむと謀る、自由黨が鐵道國有法案を提議したる如きは即ち此れが爲なり、世間或は當期の議會が比較的巨多の議案を成立せしめたるを見て其の成績を著大なりといふものあれども、是れ寧ろ當時議會の腐敗を證するの事實たらむのみ、我輩請ふ閣下の爲めに少しく其理由を語らむ。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]七※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、我輩の見る所にては、第十四議會の如きは、我國議會有つて以來最も醜惡の議會なりと斷言せざる可からず、我輩は單に九十三日の期間に於て殆ど其の三分二を休會したる故を以て、直に當期議會を怠慢の議會なりと論ずるものに非ず、是れ最初より政府に盲從するを目的としたる議會に於て亦當然の顯象なればなり、如何に盲從の暗號たる讀會省略説の歡迎せられたるかを見よ[#「如何に盲從の暗號たる讀會省略説の歡迎せられたるかを見よ」に傍点]、如何に盲從の傳令使たる恒松某が政府の爲に重寶がられたるかを見よ[#「如何に盲從の傳令使たる恒松某が政府の爲に重寶がられたるかを見よ」に傍点]、斯くの如くにして盲從相談の委員會は本會議の議事を奪ひ[#「斯くの如くにして盲從相談の委員會は本會議の議事を奪ひ」に傍点]、斯くの如くにして政府の提案は大抵討論を用ゐずして通過せらる[#「斯くの如くにして政府の提案は大抵討論を用ゐずして通過せらる」に傍点]、則ち我輩は二億五千四百萬餘圓の大豫算を提出したる政府の大膽を不思議とも思はず[#「則ち我輩は二億五千四百萬餘圓の大豫算を提出したる政府の大膽を不思議とも思はず」に傍点]、又此未曾有の巨額に對して[#「又此未曾有の巨額に對して」に傍点]、僅に軍事費に於て四十餘萬圓を削減したる議會の柔順なるにも驚かざるなり[#「僅に軍事費に於て四十餘萬圓を削減したる議會の柔順なるにも驚かざるなり」に傍点]。
 議者又當期議會が建議案の頗る多かりしを奇異の顯象なりといふ、然り貴族院に於て十二種、衆議院に於て七十二種の建議案を見たるは、實に初期議會以後の一大奇觀たるに相違なし、特に政府が國庫の負擔を増加するを憂へずして動もすれば漫然之れを迎合するの状ありし如き、固より常識あるものゝ判斷に苦む所たり、さりながら其の原因は頗る單純にして[#「さりながら其の原因は頗る單純にして」に傍点]、唯だ是れ議會の壞血症に罹りたる事實を表示する顯象なりといはむのみ[#「唯だ是れ議會の壞血症に罹りたる事實を表示する顯象なりといはむのみ」に傍点]、案ずるに此等の建議案中には間々國家的問題を含めるものなきに非ざれども、其の相爭ふて提議したるものは、總じて政治的營利の黴菌に襲はれざるものなし、例へば利益分配の事情の爲に或る黨派の間に紛擾あり、以て一旦衆議院に於て否決せられたりし若松港築港問題の如き、最初は自由黨の黨議とまでなりたる鐵道國有法案が、中ごろ同一事情の爲に除外例を主張する二十七人組を出だし、其の極遂に之れを委員會に握り潰ぶしたる如き、即ち明白に議會腐敗の事實を説明するものに非ずして何ぞや、且つ他の一方に於て、議員涜職法案が薄弱不明なる理由の下に否決せられたること、尾崎發言に關する事實調査の動議が空しく委員會に握り潰ぶされたるとは亦實は議會腐敗の反影なるを認識す可き一大顯象にして、凡そ斯る顯象を以て滿たされたる議會が、國民の利害を顧念とせざる行動あるは又唯だ當然なりといはむのみ。
 相公閣下、閣下は二億五千四百萬圓の大豫算を無難に通過したるを以て十分の欣榮とする所なる可し、政治的營利を事として國民の負擔を増加するの建議案を提出する議會は、固より閣下の内閣が提出したる大豫算に削減を加ふる理由はある可からず、閣下も亦寧ろ此の弱點を利用せむとしたり、故に國庫の負擔を増加する建議案も勉めて之れを迎合し、以て財政上他日の破綻を見るを毫も意とせざるなり、而して是れ實に國家の爲めに悲む可きの不幸なり。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]八※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、我輩は閣下の議院政略が、市價を有する多數の人頭を買收したる點に於て成功したるを認識す、而して累々たる多數の人頭は、金錢若くば、其他の利益を條件として、爭ふて良心を賣り、意見を賣り、投票を賣り、起立を賣りたる政治的市場の取引に對し、敢て張膽明目して精嚴なる道徳上の批評を加ふるは、我輩寧ろ其の徒爾に屬するを知る、さりながら閣下にして自ら其の初心を點檢せば、閣下は宜しく漫りに議院政略の成功に誇るべからず、閣下或は議會を盲從せしめたるを以て能く内閣の目的を達したりとせむ、而も事實をいへば閣下の議會に盲從したるもの亦少しとせず、試に閣下の爲めに一二の實例を開示せむ。
 曩きに閣下が第十三議會に臨むや、財政計畫の唯一基礎として地租率を百分の四に増加するの法案を衆議院に提出したりと、其意地租以外の財源を以て到底財政計畫の基礎を鞏固ならしむるに足らずと爲し、即ち他の零細なる歳入に求めずして、專ら地租増徴に依頼せむとするに在りき、然るに閣下の提携を約したる自由黨が多く之れに反對するに及で、遂に最初の提案を一變して、五箇年期を條件とせる三分三厘説に折合ひ、以て僅に議會を通過するを得たり、之れを表面より見れば、單に四分案に對して七厘の減率を爲したるに過ぎずと雖も、實は財政計畫を根本より變更して議會の要求に盲從したるに外ならず[#「實は財政計畫を根本より變更して議會の要求に盲從したるに外ならず」に白丸傍点]、何となれば一定の年期を條件とせる課税法は[#「何となれば一定の年期を條件とせる課税法は」に白丸傍点]、既に鞏固なる財政計畫の目的と兩立せざるのみならず[#「既に鞏固なる財政計畫の目的と兩立せざるのみならず」に白丸傍点]、現に此の減率の結果として[#「現に此の減率の結果として」に白丸傍点]、別に歳入の補填を他の三税に求めたる如きは[#「別に歳入の補填を他の三税に求めたる如きは」に白丸傍点]、明白に最初の計畫を破壞したるものなればなり[#「明白に最初の計畫を破壞したるものなればなり」に白丸傍点]即ち定見ある政治家に在ては、斯くの如きは實に不面目の甚だしきものたるに拘らず閣下の内閣が淡然として毫も之れを恥とせざりしは何ぞや。
 若し夫れ第十四議會に至ては、唯だ愈々出でて愈々奇なりといはむのみ、試に思へ衆議院の或る一派は、閣下の提出したる未曾有の大豫算に協贊する代償として、運動費セシメの魂膽より生じたる幾多の建議案を提出し、恰も國庫の空巣覗ひを働くが如きの状あるも、閣下の内閣は一も二もなく之れを迎合したるに非ずや、又宗教法案は閣下の内閣に於ける最大最重の提案にして、歐洲の立憲國に在ては實に内閣の進退に關する大問題なり、而も閣下は此の法案の貴族院に否決せらるゝを見て痛痒の表感なかりしのみならず、曾て之れが通過を計る爲に熱心の盡力なく、初めより議會の爲すがまゝに盲從するの態度を示したるは何ぞや、相公閣下、議會は唯だ金錢若くは其他の利益を條件として閣下に盲從し、閣下は唯だ内閣の存立を目的として往々定見なき行動に出づること斯くの如し、我輩は閣下の名譽の爲めに、閣下が内閣首相たる責任の爲に斷々然として此の失體を問はざる可からず、况んや閣下の失體は尚ほこゝに止らざるに於てをや。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]九※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、顧ふに閣下の議院政略は、單に政治道徳上の一問題として後世史家の評論に任かす可き者に非ず、何となれば閣下の議院政略より岔出したる毒泉は、現に閣下の司配せる各部の行政體統をも膿壞せしめたればなり、夫れ議會の腐敗は[#「夫れ議會の腐敗は」に傍点]、主として議會自身の責任に存すといふを得可きも[#「主として議會自身の責任に存すといふを得可きも」に傍点]、行政體統の膿壞は[#「行政體統の膿壞は」に傍点]、閣下直接に其の責任を負はざる可からず[#「閣下直接に其の責任を負はざる可からず」に傍点]、是れ即ち政治道徳上の一問題に非ずして[#「是れ即ち政治道徳上の一問題に非ずして」に傍点]、直に内閣大臣の實際的責任問題なり[#「直に内閣大臣の實際的責任問題なり」に傍点]。
 例へば横濱埋立事件に就て之を見るも、閣下を辯護するものは、是れ首相の知る所に非らずして粗放なる西郷内相の失體といひ、西郷内相を辯護するものは、亦是れ内相の知る所に非ずして、小松原内務次官の非行なりといふ、抑も知ると知らざるの爭點は自ら別問題なり、乃ち閣下の責任は決して知覺缺乏の故を以て解除せらるゝを得ず、事實たとひ小松原次官一個の非行に屬すとするも、之れに對する匡救の責任は懸つて閣下の肩上に在らずや、然るに閣下は曾て何等の處置を此の間に取らざりしのみならず、其の關係者の一方に自由黨領袖星亨氏あるが爲に、一方は閣下の畏敬せる西郷内相たるが爲に、遂に躊躇して手を下だすを憚りたるは首相たるの威嚴を失墜したるものに非ずして何ぞや更に地方議員選擧干渉に就て之れを見るも閣下は斷じて此の事實を認めずといふを得ざるものたるに拘らず、閣下の内閣は、亦唯だ與黨に壓迫せられて地方官の亂憲的行爲を制する能ざりしに非ずや、其他最近の事實に現はれたるもの、一として行政體統の膿壞と閣下の無能力とを表示するものたるは、我輩の甚だ閣下の爲めに悲む所なり。
 聞く閣下は街鐵市有の意見を有する人なりと、其意見の當否は暫らく措くも、内務次官たる小松原氏が擅まに一派の政商と結托して職權を亂用したる罪案を決する能はず、以て頗る内閣の威信を輕からしめたるは、斷じて閣下の失體なりと謂はざる可からず、宗教法案に關しては、閣下初めより一定の成算を有せず偏へに斯波社寺局長平田法制局長等の献策を聽きて生硬未熟の法案を提出し、而も往々地方官をして各地信徒の運動を妨害せしめ、若くは行政權を借て東本願寺に干渉したる如きは、亦閣下の失體ならずと謂ふを得ず、凡そ事斯くの如きは恐らくは閣下の本意に非る可し閣下は常に官紀振肅行政統一を以て自ら標榜するの人たればなり[#「凡そ事斯くの如きは恐らくは閣下の本意に非る可し閣下は常に官紀振肅行政統一を以て自ら標榜するの人たればなり」に傍点]、さりながら閣下内閣を組織してより[#「さりながら閣下内閣を組織してより」に傍点]、曾て官紀振肅行政統一の實を擧ぐることなく[#「曾て官紀振肅行政統一の實を擧ぐることなく」に傍点]、動もすれば與黨の專横と屬僚の跋扈との爲に[#「動もすれば與黨の專横と屬僚の跋扈との爲に」に傍点]、内閣の威信と行政機關の紊亂を來すを見るは何ぞや[#「内閣の威信と行政機關の紊亂を來すを見るは何ぞや」に傍点]又兩院よ
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