基礎を確立したる人なり」に傍点]、閣下は唯だ此の二大事績に依りて[#「閣下は唯だ此の二大事績に依りて」に傍点]、優に明治第一流の元勳たる名譽を要求し得可し[#「優に明治第一流の元勳たる名譽を要求し得可し」に傍点]、又何ぞ多きを望みて反つて大に失ふの愚を爲す可けむや[#「又何ぞ多きを望みて反つて大に失ふの愚を爲す可けむや」に傍点]。
 閣下が明治五年陸軍の編制に着手するや、之に反對せるものは、當時軍職を失ひたる多數の舊藩士のみに止まらず、彼の軍人の大首領たる西郷隆盛すらも、亦實に之れに異議を唱へたりき、而も閣下は敢て之れを畏れずして其の所信を斷行し、遂に全國皆兵の徴兵令を發表したりしは、之れも伊藤侯が憲法制定の事業に比して、寧ろ著手の困難なりしを疑はず、而して閣下が此の軍制の改革に成功するや、一躍して直に陸軍部内の指導者と爲り、特に十年の役には、閣下の最も憚りたる西郷黨を殘滅して、武力に誇れる薩閥の根據を拔き以て陸軍省をして遂に長閥の勢力範圍たらしめたりき、今や閣下は、元帥の待遇と陸軍大將の軍職とを有し、凡そ軍人としては此の上もなき最高の位置及び之れに伴へる君寵を享け、即ち所謂る功成り名遂げ、復た世に遺憾なきの人なり、顧みて更に大政治家たらむことを望むは、豈閣下の有終の美を成す所以ならむや。
 相公閣下、人生の樂事は自己の天職に忠實なるに在り、閣下曾て日本のモルトケを以て自ら任じたりといふ、而もモルトケは軍人より起りて、軍人に終り、曾て其意を政治上の功名に動かされざりき、是軍事を以て自己の天職なりと信じたればなり、固より我輩は閣下が日本モルトケの自任ありといふを聞て[#「固より我輩は閣下が日本モルトケの自任ありといふを聞て」に傍点]、竊に其の抱負の盛大なるに敬服し[#「竊に其の抱負の盛大なるに敬服し」に傍点]、以て伊藤侯が日本ビスマークを自任する意氣と併稱して近代の雙美たるを疑はずと雖も[#「以て伊藤侯が日本ビスマークを自任する意氣と併稱して近代の雙美たるを疑はずと雖も」に傍点]、但だ我輩は閣下が日本モルトケの自任ありて[#「但だ我輩は閣下が日本モルトケの自任ありて」に傍点]、而もモルトケの如く政治上の功名に淡泊ならざるを甚だ惜むのみ[#「而もモルトケの如く政治上の功名に淡泊ならざるを甚だ惜むのみ」に傍点]。
 或は閣下が自治制度の創意者たりしを以て、閣下に亦た政治的能力ありといふ者あらむ、是れ必らず佞者の妖言にして、閣下は斷じて之れに耳を借す可からず、案ずるに自治制度の實施は實に閣下の大功なり、我輩豈に其の大功を滅せむとするものならむや、さりながら政治は別才にして閣下の長所に非らざるは、閣下自から之れを知れり、自から其の長所に非らざるを知りて久さしく之れに干渉するは、恐らくは智見ある閣下の本意なりとも認む可からじ、見よ自治制度は、現に閣下の統督せる内閣の下に於いて、頗る壞敗したるが爲に、之れを制定したる閣下の名譽に大なる損害を與へたるに非ずや、蓋し自治制度の壞敗は、一は之れを運用する地方自治體の腐敗にも由れど、之れが監督者たる行政官廳の職責を竭さゞるもの亦其の一大原因たり、而して閣下は啻に行政官廳の曠職を匡救する手段を取らざりしのみならず、又明かに其の手段にも乏しきの失體を現はしたり、此點に付ては、我輩更に後文に於て其事實を擧示す可しと雖も、要するに政治上の位地は、決して閣下の久しく居る可き所に非ず、閣下何ぞ早く之れを自覺して、將に來らむとする運命の危機より脱せざるや。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]四※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、閣下頃ろ某貴族院議員に對して、余は政治上如何なる困難に遭遇するも、決して自ら骸骨を乞ふが如きの擧には出でず、既に第十四議會も幸ひに無事の通過を得たれば、余は來る第十五期及第十六期の議會までも此の内閣を持續して、百般の政務に改善を加ふる心算なりと語れるを傳ふるものあり、是れ之れを傳ふるものゝ妄に非ずむば、恐らくは閣下の心事を誤解するものゝ臆測ならむ。
 事實を直言するに[#「事實を直言するに」に傍点]、閣下の内閣は[#「閣下の内閣は」に傍点]、過去一年有半の間に於て[#「過去一年有半の間に於て」に傍点]、啻に政務に付て何の改善したるものなきのみならず[#「啻に政務に付て何の改善したるものなきのみならず」に傍点]、反つて其失政の大なる[#「反つて其失政の大なる」に傍点]、議會開設以後の内閣中[#「議會開設以後の内閣中」に傍点]、最も顯著なるものなり[#「最も顯著なるものなり」に傍点]、議會若し健全にして良心に富み[#「議會若し健全にして良心に富み」に傍点]、眞に國民の利害を代表するの行動あらば[#「眞に國民の利害を代表するの行動あらば」に傍点]、必らず一日も閣下の内閣と兩立せずして[#「必らず一日も閣下の内閣と兩立せずして」に傍点]、早く第十三議會に於て破裂を見たりしや疑ふ可からず[#「早く第十三議會に於て破裂を見たりしや疑ふ可からず」に傍点]、然るに内閣の相手とせる議會は、醜怪なる多數黨派の毒泉に涜がされて其の良心を喪ひ、内閣の失政を匡救するを爲さずして、寧ろ之れを助長せしむるの行動に出でたり、是れ閣下の内閣が、幸ひに原形を今日に保つを得たる所以なり。
 故に閣下の内閣にして依然今後に存立することあらむか[#「故に閣下の内閣にして依然今後に存立することあらむか」に白丸傍点]、此一方に於て議會の愈々腐敗する運命を豫想す可く[#「此一方に於て議會の愈々腐敗する運命を豫想す可く」に白丸傍点]、一方に於ては又閣下の失政益々増加するをも豫想せざる可からず[#「一方に於ては又閣下の失政益々増加するをも豫想せざる可からず」に白丸傍点]、斯くの如きは豈國民の能く忍ぶ所ならむや、我輩は必らずしも好で閣下の過失を追究せむとするものには非ず、さりながら閣下にして之れを自覺せざる以上は、我輩は有りのまゝに事實を擧示して閣下の反省を求めざる可からず、顧ふに閣下が一介の武辨を以てして今日の難局に當る初より經綸の一も觀る可きものなきは又當然なりとせむ、而も閣下が自ら天下に宣言したる言責を實行せずして、隨つて國民の閣下に豫期したる冀望の悉く水泡に歸したるは、我輩の甚だ遺憾とする所なり。
 相公閣下、閣下内閣組織以來屡※[#二の字点、1−2−22]官紀振肅秩序保持の美辭を使用したり、而も閣下の内閣は、官紀振肅の代りに、官紀大に紊亂したる事實を示し、秩序保持の代りに、秩序頗る壞頽したる證迹を現はしたるは何ぞや、但し此般の事實は既に天下公衆の知悉する所たるに於て、今敢てこゝに之を詳述するの必要を見ずと雖も、我輩は閣下が有名なる謹嚴方正なる風采家たるを尊敬し、而して閣下の内閣が、斯る謹嚴方正なる風采家と背馳するの行動あるを怪事とし、乃ち次に其の大要を擧げて閣下の明鑑を仰がむとす。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]五※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、我輩は曾て多くの冀望を閣下の内閣に屬せざりしと雖も、獨り官紀振肅の一事は閣下專賣の政綱たりしを見るに於て、中心實に此點に於ける閣下の特色が十二分に發揮せられむことを期したりき、而も其事實に現はれたるものを觀れば[#「而も其事實に現はれたるものを觀れば」に傍点]、閣下專賣の貴重なる政綱は[#「閣下專賣の貴重なる政綱は」に傍点]、殆ど悉く破壞せられて完膚なく[#「殆ど悉く破壞せられて完膚なく」に傍点]、國民をして閣下の特色の果して何れに在るやを怪ましめたるは我輩甚だ意外の感に打たれざるを得ず[#「國民をして閣下の特色の果して何れに在るやを怪ましめたるは我輩甚だ意外の感に打たれざるを得ず」に傍点]手短かに我輩の記憶に殘れるものをいへば昨年の地方議員選擧に際し地方官が行政權を濫用して其選擧に干渉したる如き其一なり、一昨年増租案の衆議院に提出せられたるに際し、小山田某の議員買收に盡力したる勞に酬ひむが爲に、竊に横濱工事受負を某に許可するの私約が、西郷内相と自由黨領袖星亨氏との間に成立したりし如き其二なり、官林拂下問題の醜聞頻りに出でて、曾禰農相の名屡々此間に流傳し、現に農相を黒幕として組織したる帝國黨の領袖が、上毛江州石川青森福井等の各地に於て、官林拂下を條件として黨員を募集したるは世に隱くれなき事實にして、而も曾禰農相の直接間接に之と關係ありしを認識せられたる如き其三なり、凡そ此類の事實は、明々白々掩はむと欲して掩ふ能はざる所にして特に横濱埋立事件の眞相に至ては、在野黨代議士の爲めに公然第十四議會に暴露せられ、以て其餘沫の西郷内相の面上に瀝げるも、内相は曾て一言も之を辯解する能はざりしのみならず列席の議員孰れも之を默聽して相爭はざりしを見れば、閣下の失策は自ら官紀紊亂の事實を認めつゝありと斷言せざる可からず、而して是れ實に方正謹嚴の風采家を以て有名なる閣下の統督せる内閣の現状なり[#「而して是れ實に方正謹嚴の風采家を以て有名なる閣下の統督せる内閣の現状なり」に白丸傍点]、相公閣下、我輩をして有體に閣下の失策を語らしめば、閣下は不幸にして議院政略を何よりも大切とするの謬見に陷りたり[#「閣下は不幸にして議院政略を何よりも大切とするの謬見に陷りたり」に傍点]、顧ふに立憲國の内閣に在ては議院政略も亦一の重要なる政略たるを疑はずと雖も[#「顧ふに立憲國の内閣に在ては議院政略も亦一の重要なる政略たるを疑はずと雖も」に傍点]、單に内閣の存立を謀るを目的として之れを濫用するに於ては[#「單に内閣の存立を謀るを目的として之れを濫用するに於ては」に傍点]、其の弊の極る所殆ど底止す可からず[#「其の弊の極る所殆ど底止す可からず」に傍点]、乃ち閣下が官紀振肅の言責を實行する能はざるも、亦閣下存立の爲めに議院政略を濫用したる結果に外ならず、英國のワルポールは、此の議院政略に成功して能く其の内閣を十餘年間の久しきに維持したりしも、此が爲めに人心を腐敗せしめ、政界を汚濁せしめたる罪惡は擧げて言ふ可からざるものあり、但だワルポールは初めより正人君子を以て自任せず、其言動亦放膽磊落にして、其人物と頗る相照應したりしも獨り閣下は方正謹嚴の風采家たるを以てして[#「獨り閣下は方正謹嚴の風采家たるを以てして」に傍点]、漫にワルポールの故智を學ばむとするは[#「漫にワルポールの故智を學ばむとするは」に傍点]、我輩甚だ奇異の感なき能はざる所なり[#「我輩甚だ奇異の感なき能はざる所なり」に傍点]。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]六※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、我輩は特に閣下の議院政略を攻撃するものに非ず、總て既往十餘年間に於ける藩閥政府の議院政略に對しては中心實に感服する能はざるもの多し、最初は超然主義を表面の口實として、裏面に於ては竊に吏黨を製造し、而も輿論の勢力終に當る可からざるを見るや、解散を以て議院を威嚇するを唯一の政略と爲し、屡々無名の解散を奏請して徒らに民心を激昂せしめ、而して立憲内閣の責任に付ては曾て自ら反省する所なかりき、是れ單に内閣の存立を目的として、時局の大體を觀察せざるより來れる暗愚の政略にして、其の最後の勝利が常に議院に歸したりしも復た怪むに足らず、此に於て乎次に政黨提携の事あり、稱して國務を分擔すといふと雖も、實は官祿を懸けて獵官者を買收したるに過ぎずして、眞に政黨を基礎として内閣の鞏固を謀るの意には出ざりき、憲政黨内閣起るに及んで、稍々政黨を基礎とするの體相を表示したりと雖も、政黨の訓練未だ到らずして權力分配の愚論黨人の間に唱道せられ、流石に國民の輿望を負へる内閣も、是れが爲に遂に無殘の末路を見たりき。
 今や閣下の内閣は既に二囘の議會を經過して、閣員に一人の更迭なく、内閣改造の説幾度か自由黨に依て唱らるゝも、未だ一個自由黨員の入閣したる者あらず閣下は此點に於て確に議院政略の成功を自負するも可なり、さりながら閣下の議院政略は[#「閣下の議院政略は」に白丸傍点]、其實質に於て既往政府の取
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