、其初め實に第一次の山縣内閣に依て種子を播き[#「其初め實に第一次の山縣内閣に依て種子を播き」に傍点]、山縣派の人物に依て次第に培養せられたるものなり[#「山縣派の人物に依て次第に培養せられたるものなり」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]現に清浦氏は研究會の領袖として之れを操縱するに非ずや[#「現に清浦氏は研究會の領袖として之れを操縱するに非ずや」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]伊東巳代治男の如きは、一時研究會の黒幕と稱せられたることありしも、其信用は到底清浦氏の敵に非ざる無論なり。

      其二 山縣侯と國民協會との關係
 國民協會は山縣侯の直接に關係したる政團に非ず[#「國民協會は山縣侯の直接に關係したる政團に非ず」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]之を組織[#「之を組織」に傍点]したる張本は西郷侯品川子[#「西郷侯品川子」に丸傍点]の二人にして、組織に參與せるものは、樺山伯高島子[#「樺山伯高島子」に丸傍点]及び故白根男[#「白根男」に丸傍点]なり※[#白ゴマ、1−3−29]而して其最初の目的は實に藩閥を擁護せむとするに在りき※[#白ゴマ、1−3−29]されど第二次松方内閣起るに及て[#「されど第二次松方内閣起るに及て」に傍点]、協會員中の薩派に屬するものは大抵分離し去て[#「協會員中の薩派に屬するものは大抵分離し去て」に傍点]、今や協會は殆ど純粹の長派と爲れり[#「今や協會は殆ど純粹の長派と爲れり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]但し佐々友房[#「佐々友房」に丸傍点]氏は、今も尚ほ薩長聯合の舊夢に迷ふ人なれど[#「今も尚ほ薩長聯合の舊夢に迷ふ人なれど」に白丸傍点]、多數の會員は全く長派に傾き[#「多數の會員は全く長派に傾き」に白丸傍点]、中にも山縣崇拜の感情を有するもの最も多し[#「中にも山縣崇拜の感情を有するもの最も多し」に白丸傍点]。首領品川子[#「品川子」に丸傍点]は、山縣崇拜の隨一にして、大岡育造氏[#「大岡育造氏」に丸傍点]の如きも寧ろ山縣系統に屬せり[#「寧ろ山縣系統に屬せり」に白丸傍点]。大岡氏[#「大岡氏」に丸傍点]は井上侯にも、伊藤侯にも親密の關係あれども、個人としては最も山縣侯に深縁あり[#「個人としては最も山縣侯に深縁あり」に白丸傍点]。されど氏は常に長派の統一を謀るを以て念とし、特に伊藤山縣兩侯の調和者として[#「特に伊藤山縣兩侯の調和者として」に傍点]、近來頗る努力しつゝあるは[#「近來頗る努力しつゝあるは」に傍点]、既に公然の秘密なり[#「既に公然の秘密なり」に傍点]。
 案ずるに山縣侯は、其思想性格に於て大に伊藤侯と合はざる所あり。山縣侯は保守的思想を有し[#「山縣侯は保守的思想を有し」に傍点]、伊藤侯は進歩的思想を有し[#「伊藤侯は進歩的思想を有し」に傍点]、山縣侯は謹嚴端實の性格にして[#「山縣侯は謹嚴端實の性格にして」に傍点]、伊藤侯は磊落滑脱の氣質なり[#「伊藤侯は磊落滑脱の氣質なり」に傍点]。且つ山縣侯は由來神經質の人物にして[#「且つ山縣侯は由來神經質の人物にして」に傍点]、動もすれば厭世主義に傾けども[#「動もすれば厭世主義に傾けども」に傍点]、伊藤侯は快豁なる多血質にして[#「伊藤侯は快豁なる多血質にして」に傍点]、樂天主義の人物なり[#「樂天主義の人物なり」に傍点]。其公私の行動に於て往々衝突することあるは、亦已むを得ずと謂ふ可し。大岡氏[#「大岡氏」に丸傍点]は政治家としては固より伊藤侯を推す可きも[#「は政治家としては固より伊藤侯を推す可きも」に傍点]、山縣侯とは亦切て切れられざる關係あるに於て[#「山縣侯とは亦切て切れられざる關係あるに於て」に傍点]、其兩侯の睚眦反目を融解せむと勉むるは何ぞ怪むに足らむや。
 山縣侯が第二次内閣を組織するや、協會員中議論二派に分かる。甲は絶對的に内閣を助けむと主張して[#「甲は絶對的に内閣を助けむと主張して」に白丸傍点]、乙は超然内閣にては反對するの外なしと主張し[#「乙は超然内閣にては反對するの外なしと主張し」に白丸傍点]、大岡氏[#「大岡氏」に丸傍点]の如きは寧ろ後者の主張者たりしと雖も、是れ唯だ一時の權略にして[#「是れ唯だ一時の權略にして」に傍点]、實は山縣内閣をして自由派と提携せしめむとするの意たりしならむのみ[#「實は山縣内閣をして自由派と提携せしめむとするの意たりしならむのみ」に傍点]。蓋し山縣内閣をして自由派と提携せしむるは、是れ山縣伊藤兩侯をして調和せしむる所以なればなり。而して大岡氏は終に其目的を達せり。山縣侯は一切の感情を棄てゝ自由派と提携し、伊藤侯も亦其擧を贊して、背後より山縣内閣に應援す可きの約を爲したり。此に於て國民協會は純然たる山縣内閣の與黨と爲ると共に[#「此に於て國民協會は純然たる山縣内閣の與黨と爲ると共に」に白丸傍点]、衆議院に一名の政友を有せずと目せられたる山縣侯は[#「衆議院に一名の政友を有せずと目せられたる山縣侯は」に白丸傍点]、此に新たなる忠實の政友を有するに至れり[#「此に新たなる忠實の政友を有するに至れり」に白丸傍点]。

      其三 山縣系統の兩派
 國民協會は既に山縣侯の忠實なる政友と爲れりと雖も其中固より兩派あり[#「其中固より兩派あり」に白丸傍点]。保守主義を有するものと[#「保守主義を有するものと」に白丸傍点]、進歩主義を有する者と是れなり[#「進歩主義を有する者と是れなり」に白丸傍点]。首領品川子[#「品川子」に丸傍点]は稍々保守主義に近く[#「は稍々保守主義に近く」に傍点]、政黨内閣には反對の意見を有する人なり[#「政黨内閣には反對の意見を有する人なり」に傍点]。佐々氏[#「佐々氏」に丸傍点]の熊本國權派は、初めより絶對的に政黨内閣を非認する保守主義を有するものたり[#「初めより絶對的に政黨内閣を非認する保守主義を有するものたり」に傍点]。之に反して大岡[#「大岡」に丸傍点]、元田[#「元田」に丸傍点]等の一派は、時勢の變に際して政黨内閣の避く可からざるを信ずるものなり[#「時勢の變に際して政黨内閣の避く可からざるを信ずるものなり」に傍点]。彼等は精確の意義に於ける進歩主義を有するものにあらざれども、少なくとも時勢と推移するの術を解するものなり[#「少なくとも時勢と推移するの術を解するものなり」に白丸傍点]。此點に於て佐々[#「佐々」に丸傍点]等の國權派と内政に對する政見を異にするは疑ひもなき事實にして、其山縣侯の爲に謀る所以のもの隨て自ら徑庭あるを見る可し[#「謀る所以のもの隨て自ら徑庭あるを見る可し」に白丸傍点]。國民協會以外に於ける山縣系統の人物を見るに、亦進歩保守の兩派に分かれたり[#「亦進歩保守の兩派に分かれたり」に白丸傍点]。保守派の最も極端なるものは、都筑[#「都筑」に丸傍点]、園田[#「園田」に丸傍点]、野村[#「野村」に丸傍点]、古澤[#「古澤」に丸傍点]等にして、彼等は啻に政黨内閣を忌むこと蛇蝎の如くなるのみならず[#「彼等は啻に政黨内閣を忌むこと蛇蝎の如くなるのみならず」に傍点]、政黨と提携するすら既に内閣の尊嚴を失ふものなりと信ずるものゝ如し[#「政黨と提携するすら既に内閣の尊嚴を失ふものなりと信ずるものゝ如し」に傍点]。憲政黨内閣の成るや、園田男[#「園田男」に丸傍点]は其内閣を認めて帝國の國體を破壞するの内閣なりと罵り[#「内閣を認めて帝國の國體を破壞するの内閣なりと罵り」に傍点]、自ら警視廳を煽動して之れに反抗を試みむとしたる人なり[#「自ら警視廳を煽動して之れに反抗を試みむとしたる人なり」に傍点]、野村子[#「野村子」に丸傍点]は曾て客に語りて、議會は幾たびにても解散して可なりと主張し[#「議會は幾たびにても解散して可なりと主張し」に傍点]、豫算不成立の不幸は[#「豫算不成立の不幸は」に傍点]、内閣大臣以下腰辨當にて之れを償ひ得可しとの奇論を吐きたる人なり[#「内閣大臣以下腰辨當にて之れを償ひ得可しとの奇論を吐きたる人なり」に傍点]、古澤氏[#「古澤氏」に丸傍点]は往時自由黨に入りて民權を唱へたる人なれども、其後長派の恩顧を受くるに及で、一變して藩閥黨と成り、近來は帝王神權説を主張して[#「近來は帝王神權説を主張して」に傍点]、極力政黨内閣に反對し[#「極力政黨内閣に反對し」に傍点]、都筑氏[#「都筑氏」に丸傍点]は、井上伯が嘗て官吏と爲るの外には潰ぶしの利かぬ男なりと評せしほどの自然的吏人にして[#「官吏と爲るの外には潰ぶしの利かぬ男なりと評せしほどの自然的吏人にして」に傍点]、吏權萬能の主義を固執せる保守的人物なり[#「吏權萬能の主義を固執せる保守的人物なり」に傍点]。山縣内閣の將に自由派と提携せむとするや、氏は最も強硬なる非提携論者にして、山縣侯に勸むるに飽くまで超然内閣の本領を立つ可きを以てしたりといふ。聞く氏は山縣系統中に在て、最も才氣峻峭なる壯年政治家なりと[#「最も才氣峻峭なる壯年政治家なりと」に白丸傍点]。然るに其時務を辨ずるの迂濶なること斯の如きは[#「然るに其時務を辨ずるの迂濶なること斯の如きは」に白丸傍点]、豈學に僻する所あるが爲ならずや[#「豈學に僻する所あるが爲ならずや」に白丸傍点]。朝比奈知泉二宮熊次郎[#「朝比奈知泉二宮熊次郎」に丸傍点]の兩氏は、山縣侯に深厚なる同情を表する政論家なり。朝比奈[#「朝比奈」に丸傍点]氏は曾て侯の機關たる東京新聞主筆として、夙に非政黨内閣を主張し[#「夙に非政黨内閣を主張し」に傍点]、其後日々新聞に筆を執るに及でも、終始其主張を改めざる人にして[#「終始其主張を改めざる人にして」に傍点]、其屠龍縛虎の雄文一世を傾倒して何人も敵するものなし[#「其屠龍縛虎の雄文一世を傾倒して何人も敵するものなし」に傍点]。聞く非政黨内閣は氏の持論なりと[#「聞く非政黨内閣は氏の持論なりと」に傍点]。二宮氏[#「二宮氏」に丸傍点]は曩きに獨逸に留學して、國家主義を齎らし歸り、今や現に『京華日報』の主筆として、日に政黨攻撃の文を草し[#「日に政黨攻撃の文を草し」に傍点]、伊藤侯が内閣を憲政黨に引渡したるの擧を目して亂臣賊子の所爲なりと極論したることあり[#「伊藤侯が内閣を憲政黨に引渡したるの擧を目して亂臣賊子の所爲なりと極論したることあり」に傍点]。此兩氏は共に山縣系統の保守派にして[#「此兩氏は共に山縣系統の保守派にして」に白丸傍点]、唯だ朝比奈氏は二宮氏に比して少しく温和にして變通あるを異りとするのみ[#「唯だ朝比奈氏は二宮氏に比して少しく温和にして變通あるを異りとするのみ」に白丸傍点]。
 更に山縣系統の進歩派を見るに、實は極めて少數にして、正直に政黨内閣を信ずる者は[#「正直に政黨内閣を信ずる者は」に白丸傍点]、恐らくは絶無なる可し[#「恐らくは絶無なる可し」に白丸傍点]。されど清浦[#「清浦」に丸傍点]、曾禰[#「曾禰」に丸傍点]、桂[#「桂」に丸傍点]等の諸氏は半ば政黨内閣を信じ[#「半ば政黨内閣を信じ」に傍点]、青木子[#「青木子」に丸傍点]に至ては十中八九までは政黨内閣論に傾き[#「十中八九までは政黨内閣論に傾き」に傍点]、現に山縣内閣成るの前[#「現に山縣内閣成るの前」に傍点]、自ら憲政黨に入黨を申込みたりといふを見れば[#「自ら憲政黨に入黨を申込みたりといふを見れば」に傍点]、子は遠からずして政黨員たるの日ある可し[#「子は遠からずして政黨員たるの日ある可し」に傍点]。
 山縣系統は以上の如く兩派に分かれ、兩派互に侯を擁して、第二次内閣を組織したるを以て、其内閣は超然を本領とするにもあらず[#「其内閣は超然を本領とするにもあらず」に傍点]、政黨を基礎とするにもあらざる雜駁の内閣を現出するに至れり[#「政黨を基礎とするにもあらざる雜駁の内閣を現出するに至れり」に傍点]。世間或は山縣侯を以て憲法中止論者とするものあれども、事實は大に然らず。侯は謹愼周密の小心家にして[#「侯は謹愼周密の小心家にして」に白丸傍点]、決して憲法を中止するが如き大
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