後の未來は容易に豫言し得るものならざればなり※[#白ゴマ、1−3−29]若し萬々一大隈をして失敗を再びせしめ[#「若し萬々一大隈をして失敗を再びせしめ」に白丸傍点]、國民派をして其の理想を實行せしむる不思議の政變あらば[#「國民派をして其の理想を實行せしむる不思議の政變あらば」に白丸傍点]、固より山縣時代を見るに至らずと謂[#「固より山縣時代を見るに至らずと謂」に白丸傍点]はず[#「はず」に二重丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]然れども斯くの如くして成りたる内閣は能く政治上の進歩と兩立し得る乎※[#白ゴマ、1−3−29]自由黨に反對せられ、進歩黨に背かれて能く幾何日月を維持し得る乎※[#白ゴマ、1−3−29]或は議院を解散して露國を征伐するの夢を見む乎※[#白ゴマ、1−3−29]或は伊藤、井上を聯ねて長州内閣を組織するの算ある乎※[#白ゴマ、1−3−29]均しく皆一場の空想たるに過ぎずむば、彼れが身を保つの最好秘訣は[#「彼れが身を保つの最好秘訣は」に白丸傍点]、唯だ今日に於て實際に政界と永訣するに在るのみ[#「唯だ今日に於て實際に政界と永訣するに在るのみ」に白丸傍点]。(二十九年十二月)

     山縣侯の政治的系統

      其一 山縣侯の潛勢力
 有體に云へば[#「有體に云へば」に傍点]、山縣侯は政治家として今尚ほ顯勢力を有するの人に非ず[#「山縣侯は政治家として今尚ほ顯勢力を有するの人に非ず」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]其思想は時代の精神に後れ[#「其思想は時代の精神に後れ」に白丸傍点]、其手腕は立憲機關の運用に適せず[#「其手腕は立憲機關の運用に適せず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]而して其名望を視れば[#「而して其名望を視れば」に白丸傍点]、固より國民的基礎の上に立てる大隈板垣等の政黨首領と同じからず[#「固より國民的基礎の上に立てる大隈板垣等の政黨首領と同じからず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]况むや侯は元來馬上の雄にして[#「况むや侯は元來馬上の雄にして」に白丸傍点]、政治は其長所ならざる可きに於てをや[#「政治は其長所ならざる可きに於てをや」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]侯曰く、余は一介の武辨、敢て現時の難局に當るに足らずと※[#白ゴマ、1−3−29]是れ謙抑の言に似たれども、實は自己の眞價を語りたる自然の自白なり[#「實は自己の眞價を語りたる自然の自白なり」に二重丸傍点]。
 されど不思議なるは侯の位地なり[#「されど不思議なるは侯の位地なり」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]現時の難局は[#「現時の難局は」に傍点]、有力なる政治家の擧げて手を燒きたる所なるに[#「有力なる政治家の擧げて手を燒きたる所なるに」に傍点]、侯は所謂る一介の武辨を以て之に當らむとし[#「侯は所謂る一介の武辨を以て之に當らむとし」に傍点]、自ら椿山莊を出でて第二次の山縣内閣を建設す[#「自ら椿山莊を出でて第二次の山縣内閣を建設す」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]顧るに第一次の山縣内閣は、伊藤大隈の連敗の後を受けて起り、今や第二次の山縣内閣も亦伊藤大隈連敗の後に出でたり※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ伊藤大隈は當世の二大政治家にして、之れを山縣侯に比すれば、政治に於て一日の長あること何人も疑はざる所なり※[#白ゴマ、1−3−29]而も侯は前後共に此二大政治家の持て餘ましたる難局に當りて敢て怪まざるは奇なりと謂ふべし[#「而も侯は前後共に此二大政治家の持て餘ましたる難局に當りて敢て怪まざるは奇なりと謂ふべし」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]進歩派の領袖大石正巳氏の如きは、侯の内閣を冷笑して、鎧袖一たび觸るれば忽ち倒る可しと[#「鎧袖一たび觸るれば忽ち倒る可しと」に傍点]いひたれども、啻に倒れざるのみならず[#「啻に倒れざるのみならず」に白丸傍点]、反つて之れを助くる[#「反つて之れを助くる」に白丸傍点]もの朝野に少なからざるは何ぞや[#「もの朝野に少なからざるは何ぞや」に二重丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し侯は政治上の顯勢力を有せずと雖も[#「蓋し侯は政治上の顯勢力を有せずと雖も」に二重丸傍点]、尚ほ一種の潛勢力を有すればなり[#「尚ほ一種の潛勢力を有すればなり」に二重丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]侯の現在の位地を知らむとするものは[#「侯の現在の位地を知らむとするものは」に二重丸傍点]、先づ此潛勢力を觀察せざる可からず[#「先づ此潛勢力を觀察せざる可からず」に二重丸傍点]。
 品川子は、侯及び伊藤井上の三老を崇拜して長州の三尊と稱す※[#白ゴマ、1−3−29]若し子に向て三尊中の第一座たる人を指名せよと求めば、子は必ず山縣侯を指名せむ。是れ侯は三尊中最も大なる潛勢力を有する人たればなり[#「是れ侯は三尊中最も大なる潛勢力を有する人たればなり」に白丸傍点]。伊藤侯は潛勢力なきに非ず※[#白ゴマ、1−3−29]されど其現在の位地は寧ろ孤立なり[#「されど其現在の位地は寧ろ孤立なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]一見すれば其名望甚だ廣大なる如くなれども、實は漠然として定形なき名望のみ[#「實は漠然として定形なき名望のみ」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]侯と利害休戚を同うするものは、伊東巳代治、末松謙澄、金子堅太郎の二三あるに過ぎずして、其領分は頗る狹隘なるものなり※[#白ゴマ、1−3−29]井上伯に至ては、殆ど純然たる政友を有せず、其有する所のものは[#「其有する所のものは」に白丸傍点]、山縣侯の系統に屬する人物にして[#「山縣侯の系統に屬する人物にして」に白丸傍点]、伯に專屬するものにはあらじ[#「伯に專屬するものにはあらじ」に白丸傍点]。例へば都筑馨六[#「都筑馨六」に丸傍点]、小松原英太郎[#「小松原英太郎」に丸傍点]、藤田四郎[#「藤田四郎」に丸傍点]、古澤滋[#「古澤滋」に丸傍点]の如き其他中央官府及び地方廳に散在する屬僚の如き、皆是れなり。
 顧みて山縣侯の系統を見よ、現内閣に於ては、清浦奎吾[#「清浦奎吾」に丸傍点]、曾禰荒助[#「曾禰荒助」に丸傍点]、桂太郎[#「桂太郎」に丸傍点]の三氏固より侯の直參たり[#「侯の直參たり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]荒川顯正子[#「荒川顯正子」に丸傍点]の如きは、世人或は伊藤系統に屬するものなりと想像するものあれども、子は夙に山縣侯の推挽によりて漸く顯要の位地を占めたる人なるを以て[#「子は夙に山縣侯の推挽によりて漸く顯要の位地を占めたる人なるを以て」に傍点]、若し兩侯兩立せざるの時あらば[#「若し兩侯兩立せざるの時あらば」に傍点]、子恐らくは[#「子恐らくは」に傍点]、伊藤侯に背くも山縣侯に背く能はず[#「伊藤侯に背くも山縣侯に背く能はず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]青木周藏子[#「青木周藏子」に丸傍点]の傲岸不遜は、伊藤侯にも井上伯にも忌まるれど、獨り山縣侯は善く之れを容れ[#「獨り山縣侯は善く之れを容れ」に傍点]、第一次の内閣にも外務大臣の椅子を與へ[#「第一次の内閣にも外務大臣の椅子を與へ」に傍点]、今の第二次内閣にも又子を外務大臣と爲す[#「今の第二次内閣にも又子を外務大臣と爲す」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]故に子は深く侯を徳として其腹心なるを甘むず[#「故に子は深く侯を徳として其腹心なるを甘むず」に白丸傍点]。兒玉臺灣總督[#「兒玉臺灣總督」に丸傍点]は、伊藤内閣の時代に用ゐられたる人なれども、其系統をいへば山縣派に屬し[#「其系統をいへば山縣派に屬し」に白丸傍点]、前々警視總監たりし園田安賢男[#「園田安賢男」に丸傍点]及び現警視總監大浦兼武[#「大浦兼武」に丸傍点]氏は、長化したる薩人を以て目せられ[#「長化したる薩人を以て目せられ」に傍点]、共に山縣侯の幕下たり[#「共に山縣侯の幕下たり」に白丸傍点]、園田男[#「園田男」に傍点]は曾て伊藤侯にも信任せられたる人なれども、大隈内閣の成立せる當時より、遽かに伊藤侯の政見を非として純然たる山縣崇拜家と爲れり[#「純然たる山縣崇拜家と爲れり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]會計檢査院長渡邊昇子[#「渡邊昇子」に丸傍点]は世人之れを伊藤系統の人なりといへども、其思想感情は寧ろ山縣侯に近かく[#「其思想感情は寧ろ山縣侯に近かく」に傍点]、檢査官中の老功中山寛六郎[#「中山寛六郎」に丸傍点]氏は、今や滿身錆※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]の廢刄なれども[#「今や滿身錆※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]の廢刄なれども」に傍点]、一時は屬僚中の尤たりしが[#「一時は屬僚中の尤たりしが」に傍点]、氏も亦山縣侯に恩顧ある人なり[#「氏も亦山縣侯に恩顧ある人なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]現宮内大臣田中光顯子[#「田中光顯子」に丸傍点]は土佐出身なれども、其精神は夙に之れを山縣侯に捧げたる人なり[#「其精神は夙に之れを山縣侯に捧げたる人なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]現法制局長平田東助[#「平田東助」に丸傍点]氏は、政府部内に於ける一方の領袖にして、而も山縣侯の參謀と稱せられ[#「而も山縣侯の參謀と稱せられ」に白丸傍点]、現内閣書記官長安廣伴一郎[#「安廣伴一郎」に丸傍点]氏は、後進の一敏才にして、而も山縣侯の智嚢たり[#「而も山縣侯の智嚢たり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]野村靖[#「野村靖」に丸傍点]子は第二次伊藤内閣の遞信大臣たりし時、屬僚の爲めに放逐せられたる敗軍の將にして、今は樞密院に隱るゝ人なれども、山縣侯一たび之れを招げば[#「山縣侯一たび之れを招げば」に白丸傍点]、履を逆まにして之れに馳せむ[#「履を逆まにして之れに馳せむ」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]看來れば山縣系統の四方に蔓引すること實に斯くの如きものあり。
 此故に侯が政府部内及び貴族院に於ける潛勢力は[#「此故に侯が政府部内及び貴族院に於ける潛勢力は」に傍点]、薩長の元勳中一人として之れに及ぶ者あるなし[#「薩長の元勳中一人として之れに及ぶ者あるなし」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]先づ政府部内に就ていはむか、内務省は近來自由派の爲めに踏み荒されたれども、山縣侯が曾て久しく統治したる領分なれば[#「山縣侯が曾て久しく統治したる領分なれば」に傍点]、其根據の鞏固なる容易に拔く可からざるものあり[#「其根據の鞏固なる容易に拔く可からざるものあり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]司法省に於ける山縣系統は亦頗る廣く、其[#「其」に白丸傍点]清浦派[#「清浦派」に丸傍点]と目せらるゝものは[#「と目せらるゝものは」に白丸傍点]、總べて山縣系統と認めて可なり[#「總べて山縣系統と認めて可なり」に白丸傍点]、遞信省は之を前にしては野村靖[#「野村靖」に丸傍点]子に依て、之れを中ころにしては、故白根專一[#「白根專一」に丸傍点]男に依て、之れを今にして芳川顯正[#「芳川顯正」に丸傍点]子に依て其山縣侯の領分を開拓したること少なからず[#「其山縣侯の領分を開拓したること少なからず」に傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]若し夫れ陸軍省に至ては、是れ殆ど侯ありて始めて陸軍省ありと謂ふ可くして[#「是れ殆ど侯ありて始めて陸軍省ありと謂ふ可くして」に白丸傍点]、侯が外に在るの日と雖も[#「侯が外に在るの日と雖も」に白丸傍点]、侯の威信は隱然として省中の魔力たり[#「侯の威信は隱然として省中の魔力たり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]而して侯の系統の及ばざる所は、薩人の領分たる海軍省と赤門、茗溪兩派の爭點たる文部省及び松方伯の根據たる大藏省にして、農商務省は曾て品川子[#「品川子」に丸傍点]の大臣たりし時、多少山縣侯の系統を引き入れたることあるは人の知る所なり※[#白ゴマ、1−3−29]次に貴族院に就て之れをいはゞ、彼の研究會の如きは[#「彼の研究會の如きは」に傍点]
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