智力を以て指導せらる」に白丸傍点]。故に伯に在ては智力と一致せざる道徳は愚なり[#「故に伯に在ては智力と一致せざる道徳は愚なり」に白丸傍点]、智力より生ぜざる勇氣は暴なり[#「智力より生ぜざる勇氣は暴なり」に白丸傍点]、智力に伴はざる感情は痴なり[#「智力に伴はざる感情は痴なり」に白丸傍点]。眞の道徳[#「眞の道徳」に白丸傍点]、眞の勇氣[#「眞の勇氣」に白丸傍点]、眞の感情は智力を本位としたるものにして[#「眞の感情は智力を本位としたるものにして」に白丸傍点]、智力は眞なり[#「智力は眞なり」に白丸傍点]、美なり[#「美なり」に白丸傍点]、善なり[#「善なり」に白丸傍点]、絶對的尊貴なり[#「絶對的尊貴なり」に白丸傍点]。故に伯は智者を服すれども、勇者を服する能はず、血性家を服する能はず。是れ伯の勢力圈の甚だ狹かりし所以なり。
 然れども伯の智力本位は、其の人格の色彩輪廓を瞭然たらしむるを以て伯と相見るものは伯に於て一の僞善を認めず[#「其の人格の色彩輪廓を瞭然たらしむるを以て伯と相見るものは伯に於て一の僞善を認めず」に白丸傍点]、心々直に相印するの感を生じて[#「心々直に相印するの感を生じて」に白丸傍点]、伯に信服するものは恰も宗門的關係を胥爲するに至るべし[#「伯に信服するものは恰も宗門的關係を胥爲するに至るべし」に白丸傍点]。故に伯は多數の信服者を作る能はざりしも、其少數信服者は悉く小陸奧宗光なり。否らざるは陸奧宗光の熱心なる崇拜者なり。唯だ夫れ輪廓の餘りに瞭然たる人格は、其の實質概して狷介にして餘裕なし。偉大なる人格の第一特色は、受納力の宏博なるに在り。概括力の富贍なるに在り。統率力の優勝なるに在り。此の點に於て大隈伯は獨り當代に雄を稱し得べく、陸奧伯の極めて個人的獨尊的なると頗る其の人格を異にせり。大隈伯は政治に於てデモクラシーを主張すると同時に[#「大隈伯は政治に於てデモクラシーを主張すると同時に」に白丸傍点]、其趣味に於てもデモクラチツクなり[#「其趣味に於てもデモクラチツクなり」に白丸傍点]。之れに反して陸奧伯は[#「之れに反して陸奧伯は」に白丸傍点]、政治の原則としては亦均しくデモクラシーを信ずと雖も[#「政治の原則としては亦均しくデモクラシーを信ずと雖も」に白丸傍点]、其の趣味は或る意義に於て全くアリストクラチツクなり[#「其の趣味は或る意義に於て全くアリストクラチツクなり」に白丸傍点]。彼は凡俗を好まず[#「彼は凡俗を好まず」に白丸傍点]、又凡俗の好む所を好むこと能はず[#「又凡俗の好む所を好むこと能はず」に白丸傍点]。彼は凡俗と天才との間には踰ゆべからざるの鴻溝あるを信じ[#「彼は凡俗と天才との間には踰ゆべからざるの鴻溝あるを信じ」に白丸傍点]、滔々たる凡俗は[#「滔々たる凡俗は」に白丸傍点]、到底天才者の頭腦を領解する能はずと思惟せり[#「到底天才者の頭腦を領解する能はずと思惟せり」に白丸傍点]。若し大隈伯を以て思想界のトルストイとせば[#「若し大隈伯を以て思想界のトルストイとせば」に白丸傍点]、陸奧伯は稍々ニイチエに類似すと謂ふべし[#「陸奧伯は稍々ニイチエに類似すと謂ふべし」に白丸傍点]。ニイチエの奇崛獨聳は嶄然として時代の地平線を超越したるものありと雖も、終にトルストイの感化の偉大なるに及ばざるなり。陸奧伯の大隈伯に於けるは、猶ほニイチエのトルストイに於ける如きのみ。(四十年十一月)

   伯爵 板垣退助

     板垣退助

 世に傳ふ、板垣伯は兩面ある人物なり※[#白ゴマ、1−3−29]外は粗放磊落なるに似て内は反つて細心多疑※[#白ゴマ、1−3−29]外は直情徑行なるに似て内は反つて險怪隱密※[#白ゴマ、1−3−29]外は剛愎偏固なるに似て内は反つて温柔滑脱※[#白ゴマ、1−3−29]常に赤誠を口にして善く慷慨すれども、身を處するに巧詐あり世を行くに曲折あり、圭角ある如くにして圭角なく、平板なる如くにして表裏あり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ其の伊藤侯と合ひ易き所以なりと※[#白ゴマ、1−3−29]然れども余の彼れに見る所は別に是れあり[#「然れども余の彼れに見る所は別に是れあり」に白ゴマ傍点]。
 余の別に見る所とは何の謂ぞ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは民選議院の設立を建白せり、故に彼れを目して自由民權の創見者と爲す可き乎※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは曾て木戸大久保諸氏と大阪に會合して議する所あり、次で明治八年遂に立憲の聖詔煥發せられたりき※[#白ゴマ、1−3−29]故に彼れを稱して立憲政體創造の首功と爲す可き乎※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ或は愛國社を興し、或は立志社を設け、或は立憲政黨、或は愛國公黨自由黨等を組織して毎に之れが牛耳を執りき※[#白ゴマ、1−3−29]故に彼れを指して政黨政社の開山と爲す可き乎※[#白ゴマ、1−3−29]曰く皆然り※[#白ゴマ、1−3−29]曰く皆然らず※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの力を此の數者に致せしの事實は何人も認むる所にして、彼れも亦之れを以て竊かに自ら誇るものゝ如し※[#白ゴマ、1−3−29]故に皆然りといふ※[#白ゴマ、1−3−29]然れども大阪の會議と民選議院の建白とは、共に獨り彼れ一人の發意したるものに非ざるは論なく、政黨政社の類に至ても、切に論ずれば唯だ時勢の産物たるに過ぎずして固より彼れの私生兒にはあらず※[#白ゴマ、1−3−29]故に皆然らずといふ※[#白ゴマ、1−3−29]余の別に彼れに見る所ありとは他なし※[#白ゴマ、1−3−29]日本の政黨首領として比較的成功あるを得たる即ち是れのみ[#「日本の政黨首領として比較的成功あるを得たる即ち是れのみ」に二重丸傍点]。
 元勳諸老にして政黨を組織したるものは、彼を外にして大隈伯の改進黨あり、後藤伯の大同團結あり、西郷侯の國民協會ありき※[#白ゴマ、1−3−29]然れども之れを組織して忽ち其の黨籍を脱し[#「然れども之れを組織して忽ち其の黨籍を脱し」に白丸傍点]、若くは之と全く干係を絶ち[#「若くは之と全く干係を絶ち」に白丸傍点]、若くは一時之れを利用するに止り[#「若くは一時之れを利用するに止り」に白丸傍点]、未だ板垣伯が能く自由黨と進退を倶にし[#「未だ板垣伯が能く自由黨と進退を倶にし」に白丸傍点]、終始其の黨の意思を代表して立つが如く熱心ならざるなり[#「終始其の黨の意思を代表して立つが如く熱心ならざるなり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]故に政黨首領としての成功は[#「故に政黨首領としての成功は」に白丸傍点]、亦彼れを以て最も優れりといはざる可からず[#「亦彼れを以て最も優れりといはざる可からず」に白丸傍点]。
 西郷侯の國民協會を組織するや、自ら樞密議官を抛つて公然之れが首領となり、以て一旦大に爲すあらんとするの意氣ありしにも拘らず、其一躍して内閣に入るや復た冷然として一顧を協會に與へざるの奇觀あり[#「其一躍して内閣に入るや復た冷然として一顧を協會に與へざるの奇觀あり」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]後藤伯の如きは特に甚しといふ可し※[#白ゴマ、1−3−29]其の大言壯語到る處亡國論を唱へ、天下を麾て大同團結を號乎したるに方り、誰れか之れに依て入閣を計るの野心ある可しと想はんや※[#白ゴマ、1−3−29]然るに入閣の勸誘一たび來るや[#「然るに入閣の勸誘一たび來るや」に白ゴマ傍点]、勅命と稱して直に之れに應じ[#「勅命と稱して直に之れに應じ」に白ゴマ傍点]、以て其の政友を賣り以て其の糾合せる同志に背き[#「以て其の政友を賣り以て其の糾合せる同志に背き」に白ゴマ傍点]、之れと共に大同團結は極めて短命なる不幸の運命を見たりしに非ずや[#「之れと共に大同團結は極めて短命なる不幸の運命を見たりしに非ずや」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]若し夫れ大隈伯に至ては、其の改進黨を組織して未だ久しからざるに、乃ち亦總理の任を辭して脱黨し、尋で一個人の大隈伯として黒田内閣に入り、爾後復た直接に改進黨と關係なかりしは固よりいふを待たず[#「爾後復た直接に改進黨と關係なかりしは固よりいふを待たず」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]其の黨勢の思ふほど擴張せざりしは盖し亦是れが爲ならずとせんや[#「其の黨勢の思ふほど擴張せざりしは盖し亦是れが爲ならずとせんや」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]獨り板垣伯は然らず※[#白ゴマ、1−3−29]其の自由黨に於ける十年一日の如く、自ら黨員の前驅となりて四方に奔走し、間斷なき運動と恒久なる熱心とは、深く黨員の信望を收めて能く之れを統一し、時に或は黨中紛擾の事ありと雖も、彼れと黨員との關係は、是れを以て必ずしも冷却するに至らず※[#白ゴマ、1−3−29]而して今や彼は、其の黨與を挈けて伊藤内閣と結托し、遂に自由黨總理たる勢力を擁して入て内相の椅子に就く※[#白ゴマ、1−3−29]是れ政黨首領として他の一侯兩伯に比し[#「是れ政黨首領として他の一侯兩伯に比し」に白丸傍点]、明かに體裁善き成功を得たりと認む可きものなり[#「明かに體裁善き成功を得たりと認む可きものなり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]余は即ち此の一事を擧げて以て彼れの人物を偉なりといはむ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが最も誇る可きは亦恐らくは此一事に在らん歟。
 人或は曰く板垣伯入閣は無條件なり、彼れは總理の資格を以て入閣する能はずして元勳の名義に依りて入閣す※[#白ゴマ、1−3−29]是れ伊藤内閣に欺かれたるなりと※[#白ゴマ、1−3−29]然れども其の如何なる名義に依て入閣せるに拘らず[#「其の如何なる名義に依て入閣せるに拘らず」に白丸傍点]、彼れと自由黨との關係實際に消滅したりとは何人も認むる能はじ[#「彼れと自由黨との關係實際に消滅したりとは何人も認むる能はじ」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]况んや彼の入閣は自由黨と伊藤内閣との結托に原づき[#「况んや彼の入閣は自由黨と伊藤内閣との結托に原づき」に白丸傍点]、自由黨一致の同意を得[#「自由黨一致の同意を得」に白丸傍点]、自由黨全體の意思を代表して入閣したるを事實とす可きをや[#「自由黨全體の意思を代表して入閣したるを事實とす可きをや」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]假りに伊藤内閣の爲に欺かれたりとせむ[#「假りに伊藤内閣の爲に欺かれたりとせむ」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]是れ自由黨全體の欺かれたるのみ[#「是れ自由黨全體の欺かれたるのみ」に白ゴマ傍点]、彼れが自由黨を代表して入閣したる事實を抹殺する能はざるなり[#「彼れが自由黨を代表して入閣したる事實を抹殺する能はざるなり」に白ゴマ傍点]。
 故に彼れの入閣は、少なくとも政黨内閣に進むの門戸を開き、以て今後の政局に一變化を與ふるの動機となりたるものなり※[#白ゴマ、1−3−29]固より彼れが果して能く其の目的を達し得るや否やは容易に斷言す可らざるのみならず、寧ろ技倆の稱すべきなき一老漢を以て内務の難局に膺る※[#白ゴマ、1−3−29]其の或は久しからずして一敗するに至るも亦未だ知る可からず※[#白ゴマ、1−3−29]然れども彼れは既に根據を自由黨に有するに於て[#「彼れは既に根據を自由黨に有するに於て」に二重丸傍点]、再び野に下るの日は之れを率ゐて以て其の敵とするものと戰ふの力あり[#「再び野に下るの日は之れを率ゐて以て其の敵とするものと戰ふの力あり」に二重丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]伊藤内閣にして彼れを欺き自由黨を欺くの事實明白となることあらば、彼れは直に復讎的姿勢を取て伊藤内閣に向はむ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ伊藤内閣の大に苦む所にして自由黨の竊かに負む所なり。彼れが伊藤内閣と結托したるは、彼れの名譽に於て大なる損失あり※[#白ゴマ、1−3−29]人は彼れを變節者と呼べり、軟化したりと笑へり※[#白ゴマ、1−3−29]太甚しきは彼れを嘲つて主義と利福を交換し
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