夜八時の消灯から素直に眠りにはいられた翌朝は、ぽかりと夜明けに眼が覚めた。まだ地上は闇で、空だけが銀の薄光を放っていた。開放した窓からは洗うような大気が私の顔の辺に吹き通い、殊に晩秋の晨のひそやかな暁の気は、私の追い詰められたこの最後の生涯にほかならぬ、ひとつのベッドに沁み渡った。
 南に面《おもて》をむけて瞳をあげると、東方に寄った空がまず透明な淡い白光を現わし、水色を帯び、ややしてあわい青緑色に澄み光って来る。その黎明は、緩やかに移ろい、やがて緋のうす色が射しはじめる。棚びく雲があれば雲のふちを色どり、金粉をはじく金色の征矢を放ち、東天は俄かに青緑の空と、くれないの旭光とで絢爛を現出するのであった。だが夜明けとなれば既に暁闇と旭光の織り出す絢爛は消え、一気に一音の合図と一緒かのように、視界は隅なき明るさに明け放たれるのであった。
 勤勉な小谷さんはたいていまだ東天の美しい時分に私のベッドに出勤してパチリと電灯をつけた。きびきびした順序で私にまず歯磨粉をつけた楊子を与え、私が歯をこすっている間にはコップを持ち添えており、済めば床頭台の上の含嗽用のものを清め、私の髪を二つに分けて編み、
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