天地としていた私は、自分ながら面のあげられないような行届いた世話もうけ、心のなかでは跼いて詑びたいことも度々であった。それだのにどのような礼言よりも、かの女の望む、かの女のよろこび語る声が、私にたやすく迎えられないのが私自身にもふしぎであった。
 私の症状もその後大体におちついてくるようで、夜と共に眠り、朝は一定の時間に眼覚める快い日も得られるようになった。眠りの時が少しでも深く安らかになれば、回復に向うそれがひとつの徴であった。やまいの面白くない時には真夜の眠りの時に、自分の呻きを自分で聴き、体の狂いを噛みわけ、血肉を涸らす秒刻を知るものであった。病苦にもそれを忘却に包むひと時がなかったが、最も険悪な昏睡にしかのがれ道はまずなかった。
 そういう夜々も送って来たあとで、安眠のあとの朝ほど私にありがたく思われる時もなかった。指折り数えて七時間も眠ったとすれば、円滑な生命の回転がそれだけ蔽れて潜み、健康な知覚に眠覚ましてくれるのであった。生とも死とも別な安らかな眠りの境いのえられたことは、病者にとってはたとえば地震におしつぶされる瞬間にも飛び起きられる力の蓄積に相当するものであった。
 
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