も動かしましたの。もう私は病者の友となり、主に仕える歓びでいっぱいでございます」
 小谷さんはこう無駄口を急いできりあげたいように、一気に云った。私はかの女の口辺に冷やかなる笑いが掠めたのも見てとった。
 重い症状で黙って窓ばかり見ているような病人の取扱いには、小谷さんを辟易させるものがあったに相違なかった。それにもう四十の上を半ばも越えたいい年配で、ぼんやり雲を眺めている姿は、少し耄けても見えた。小谷さんは腹を立てたように安静あけの朝夕の床掃除に、雑巾棒をぐいぐいと私のベッドのまわりにも当てながら、讃美歌を歌った。
    み空の彼方、かしこには、
    花かぐわしく咲きて
    いのちの木《こ》の実《み》なるところ……。
 それを聴く私の気分は苦しいまでに冴え、小谷さんの手をかえ品をかえる伝道の熱心さにも心打たれた。
 既に附添われた最初のころから私は、かの女が模範附添婦として院長にも認められて居り、家族に病人ができれば小谷に頼もうと、云われるほどの信任があることも知っていた。それほどだから病院中の篤信者であり、看護にも誠実家として屈指の一人であるのは云うまでもなかった。床上を
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