り見えます。それにここでの御不幸のほかにも、いろいろまだおありでしょうから」
 それには答えずにいたが、こうした会話の途切れには小谷さんは、どこか疑わしそうに私から身を引いて、眼ばかり向けているように思われた。
 私はもっと打解けて、もっと身近かな話でもしたかった。売物の話とか、買物の話とか、そういうことでもよかった。
 だが小谷さんには、二日か三日おきに、食物や花など持ってたずねて来る私の夫を見ていたから、買物や食物の話は余計であった。まだ私の息子も娘も時折り思いついた品物を携えて見舞いに来ていたので、そういう時には小谷さんは慇懃一方のひとであった。
 小谷さんのよろこぶ聖書の朗読や、話を聴く代りに、私は寛ろいだ方面に話を向けようと思って、
「小谷さんは九州のお生れでしたね、海岸ですか」
「長崎ですの」
 答えた小谷さんの口調には、私がかの女の望むものを避けていると見てとった、無愛想があった。
「お家をはなれて、こういうお仕事を持つには、あなたにもお考えがあったんでしょうねえ」
「私はすべてを主に捧げておりますから、家も両親も兄弟も、もう私に戻れとは申しません。私の堅い決心は皆の心を
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