、その空の下に通う風の音も、たのしかった。
灰色に沈黙している空や雨を降らしている空には、私はおとなしく眼を伏せて、そういう空の憂欝と共に過し、その静けさが深い天上のものにも通うと思われて安らかであった。殊に転室した当初の私の窓を得たよろこびは晴雨につけ視野にはいる、樹の梢の一つ一つにも及んだ。
「何を見ていらっしゃいます」[#底本は「いらっしやいます」、15−1]
聖書を膝の上に置いているような暇な時に、附添婦が時折りたずねた。
「何かお読みいたしましょうか」
私はいつも南にばかり向けている重い頸筋を、附添婦の腰かけている反対側に向けた。
「ぼんやりしているのが、とてもたのしくてね」
「いろいろお悲しみにならないが、よろしうございます。亡くなった坊やのおためにも」
附添婦の小谷さんは部厚い聖書の頁を繰り展げた。
私は亡児の気分のよい時に、小谷さんに二三度聖書を読んでもらったことを思い出した。今でもありありと眼に浮ぶのは、そうして読む時の小谷さんの変り方であった。読みはじめるから忽ち声がよろこびを帯びて慄え、読み句切毎には、ほほと云う笑顔を立てるのであった。
身を揺り顔をさ
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