他に別れて住む父も、父の故郷にあずけた末弟も、同じ絆につながる苦境にある者たちとして、今何ひとつ語る言葉もないと云ったようすであった。
私は黙って静臥し、息子も傍らの椅子にかけて黙って、しばしの時を過した。
息子が帰ってから枕もとに置かれた心づくしの果物や私の好きな浜納豆など見ると、私の頬に熱いものが流れた。私の故郷の名物浜納豆は東京では探して買うので妹が購めたのを持ってきたと云う。ある日には娘の方が私を見舞うて、勤めの合間に縫うたという下着るいや、寝衣などを都度々々に持参してくれた。母の私が子供のために何事も為しえずに、と思って私は胸が詰った。父の故郷にあずけた末の児を思う日も、その時を指しては云えなかった。食事の間にも、霜の朝にも、ひとの子供の声にも思った。
私は回顧にひき戻され、現状に思いを馳せ、行末まで模糊と病躯に思い煩った。家族に会ったあと、私が窓にも向かず物思いに沈んでいると、小谷さんは、お子さんが来られてお嬉しかったでしょうと云ってくれた。私も思わず微笑をかえした。が血肉にあい倚る者の思いはなまやさしいものではなかった。小谷さんは一年も二年も見舞いもうけない病人もあ
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