ると話し、眷属というものが一人もなくて、着がえは愚か、小使いの一銭もなくて、病院の支給を受け、やがて孤りで病院で死んで行く者さえあるとも話してくれた。私の内心はいよいよ複雑となり、せめてもう家族の苦しみの今日以上かさまぬよう希われるのみであった。
 転室してから三か月もすると私は歩行を習い始めた。小谷さんが階下の庭の芝生に近い臥室に連れ出してくれた日、きわめて自然に私に云った。
「もう私がお附添いしなくても、およろしいほどでございますわ」
 こう云われてみると私はさびしくなり、小谷さんが来なくなる一人のベッドが悲しまれた。
 だが回復を進めるためには、少しずつ病躯を運動に馴らす必要もあった。
「でも私だけになっても、時々来て下さいね」私は心をこめて頼んだ。
 伝道を避けるらしく私が見られた時の軽い冷笑などは、慇懃な小谷さんの平生には微塵もなかった。ただもう親切な良い娘さんであった。
 私は秋芝の黄味がかった庭の方まで歩いてみて、陽だまりの香ばしい草の上に、草履をぬぎ足袋をとって足の裏をじかにあてたりした。ここまで回復したよろこびは、ただもう空に手をあげて呼びかけたい単純な心であった。

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