ところが困ることが一つだけあるんでね」
「なんです、お母さん」息子はふしぎそうにしてたずねた。
「小谷さんは信者なんでねえ」
「たいへん良いことじゃありませんか」
「そうですよ、お母さんも感心しているんだけれど、あまりその方面の話はまだしていないの。どうもこのせつぼんやりしていたくてねえ」
「人間の微力という自覚からも信仰にはいれると思うけど」
「小谷さんのは、初めから献身的なんですよ」
「いや、ほかの人の場合では」
そう会話しているうちに、もう私の気持は全くこのような会話はどうでもよいと思われるほど、別の思いで、占められていた。一家の離散をあとに病児と共に入院してきた私には、現在息子と娘とが共力して彼等の小さな家を支えていることが、容易ならぬ困難に想像された。自力で開拓して行く道は勉学よりほかないと云い、自宅で幾人かの生徒を教えつつ目的に向い、妹はこの兄の志の徹る日を援けるかの如く会社の勤めに通うていた。
眼前に居る息子は若々しい青年の面貌に、既に現実苦と取組んだ沈痛な色をうかべていた。静かで無口で、病母を見舞うている彼れは、未だ母も己れも窮状につながれ、また共に棲む時も、さらに
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