界はまつたく零となり、海上は大きな波が立ち、船は非常に動搖する。かういふ話をすると、船に弱い人は又悲觀をすることであらう。しかしこれは一日に一回ぐらゐのものであるから、さう大して氣にしなくても濟む。
或る時敵前上陸をするために私たちは舟艇に乘つて輸送船を離れた。その離れる前からスコールが迫つてゐて既にぽつりぽつりと大粒の雨が顏に當つてゐた。艇が舷梯を離れるや否や、もう篠つく雨となつて海上は大荒れに荒れだした。視界はまつたく屆かなくなる。私たちの乘つてゐた舟艇は約三十分ぐらゐで目的の海岸に到着する筈のところ、スコールに惱まされて約一時間半も海上に漂つてをつた。この時私はスコールによつて海がいかに激しく荒れるかといふことをはつきりこの目で見た。舟の小さかつたせいもあるが、それは私が度々紀淡海峽で非常に荒れた日に見た怒濤よりもはるかに大きな波が荒れ狂ひ、舟艇は幾度か大波に呑まれようとした。潮吹は舳先からうち上つて奔騰し、私たちの鐵兜の上からざざつと瀧のやうに降りて來る。スコールの雨粒の一つが頬に當つてもまるで大きな霰が當つたやうに痛い、そこへ持つて來て今申す瀧のやうな海水を頭からかぶるので
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