私たちは舟の上にゐるのだか波の中に漂つてゐるのだかわからないほどであつた。
舟は前後に激しくピッチングをやり又左右にひどくローリングをやり、今にも波の中に舳先を突込みさうであり、また舷を海水が乘り越えてきて、今にも沈みさうに思はれた。この時に例の船醉のとくに激しい仲間が、運惡くとでもいはうか、この舟艇に私と同じく乘り合してゐた。しかしこの大荒れにも拘らず、彼等は一時間半の大搖れにも、遂に船醉を感じないで、目的地に着いた。さうして元氣に飛上つて、特別陸戰隊と共に駈足で前進を始めたのには、私の方が驚いたほどであつた。
これによつて見るも、船醉は精神の持ちやうによつて起つたり起らなかつたりするものだといふことがはつきりわかつたと思ふ。譬へ話にあるが、驅逐艦の水兵さんが、どんなに艦がかぶつても船醉しないのに、たまたま上陸して自分の郷里なぞに歸ると、ちよつとした渡し船に乘つて船醉を感じ、氣持が惡くなつたなぞといふ不思議な話があるが、これも今申した精神問題だと思ふ。
海の色
内地を出て南太平洋まで行くあひだに海の色はさまざまに變る。海の色がところどころによつて違ふといふ話はこれ迄に
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