度々聽いたことがあるけれども、實際行つて見てかうも違ふものかと驚いた。我々が内地にゐたとき海の色といへば、あの藍を溶かしたやうな、そして幾分くすんだやうな色を考へるけれども、南の方に行くにしたがつて海の色は非常に鮮かに變つて來る。日本近海において見る海の色は何だか重苦しい感じがするのに對して、南の方の海の色は非常に明るい感じがする。
 先づ内地を出てくすんだ藍色の海を一日半ほど行くといふと、海の色はさらに黒ずんだ色に變る。これは所謂黒潮に打突つた證據である。黒潮の色はその名の通り全く黒つぽい。この色をもう少し詳しく言ふと、藤紫を非常に濃くしたやうな色である。この海が夕方暮れてゆくとさらに黒さを増し、まるでアンチモニーを融かしたやうな、金屬的などつしりした色に變る。さういふ見慣れない海を見てゐると内地を遠く離れたことをはつきり感ずる。黒潮の通つてゐるあたりはまだ相當波が荒く、海は何だか生きもののやうに見える。
 船の舳先に掻分けられた波は船尾の方まで白い泡となつて湧き立ち、はるか後方まで白い航跡を引く。この白い泡は非常に美しくて、よくいはれる譬だが、シャンパンの杯に湧き立つ泡のやうな感じ
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