あるけれども、船の風呂がちよつと珍しかつたからだ。
 その風呂は、鹽湯だつた。詰りこれは海水を汲み揚げて、それを機關室からの熱い蒸氣で熱するのである。その湯槽の傍に眞水の入つたタンクが附いてゐた。鹽湯に入つた後でこの眞水のタンクから少量のかゝり湯を汲み出して身體を洗へといふことであつた。
 鹽湯は珍しかつたので初めはみんな喜んで入つたけれども、しまひには悲しくなつた。どうも身體が何時までもべた附いていけない。それを取るには勢ひ眞水のタンクから澤山かい出さなければならない。ところがそれをあまりかい出すと底が見えて來て、後で入る連中の使ひ水が無くなる。内地の習慣が殘つてゐてこの眞水のかゝり湯はさう儉約出來ない。從つて後から入る者の二三人は鹽氣の拔けない身體で寢床へ行かなければならなかつた。
 こゝでもう一つ困つたのは、浴室が猛烈に蒸し暑いことであつた。何しろ機關室からの蒸氣といふものはひどい熱である。船室にゐてさへ蒸風呂のやうであるが、この浴室の中の蒸し暑さ加減といつたらまるでトルコ風呂だ。だから浴室へ入つた途端に頭がぼうつとなつてしまふ。
 もう一つ困つたのは鹽水では石鹸が使へないことだ
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