中は猛烈な暑さだ、寒暖計を見ると水銀が四十度のところに廻つてゐる。十五分間で大汗をかいて上甲板へとび出す。海原から吹付ける凉風の凉しいこと!
サロンの寒暖計は二十九度だ。海水の温度がそれよりももう一度低くて、二十八度である。水温が攝氏二十六度。その以上[#「その以上」はママ]になると、船から絲を降ろして囮の餌を附けると魚が喰ひつくといふ話であつた。艫の方に行つて見ると、成程その絲が引張つてある。暫く見てゐると本當に魚が喰ひついた。しいら[#「しいら」に傍点]といふ魚だ。色の黄いろいなんだか西洋鋸のやうな魚である。
みんなの顏が相當黒くなつた。
それから先は次の日も、又その次の日も同じことである。到頭暑さの絶頂に來たのだ。
風が舳先から吹いてゐる時は甲板にゐても非常に凉しいが、風が變つて船の後から吹くと、甲板にゐても風があまり吹かない。そのときの蒸し暑いことといつたらない、まるで夕凪の中にゐるやうな氣がする。私は一生懸命に扇子を使つたり、又サロンへ逃げて扇風機に當つたりする。しかしその風も、風が當るといふだけで、生温かい。凉を求めてさつぱり凉を得られないので段々腹が立つて來る。
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