雑きはまる見取図や、オランダの民家を見るやうな柔らかな屋根の色や線が、おぼろげに記憶に残つてゐるだけで、こまごました技術上の苦心や抱負などは、当時にしてもわれわれには見当さへつかなかつた。
 が、そんな夢みたいな設計図でも、専門家の眼には何か見どころがあつたらしい。Gは卒業後しばらく東京のT工務所につとめたのち、ちやうど京城《けいじょう》に新たに建つことになつた大きな病院の仕事に、破格なほど高い椅子《いす》を与へられた。そのまま大陸に居すわつてしまひ、やがて満洲へ渡つたことだけはわれわれの耳に伝はつたが、あとはさつぱり消息が絶えた。つまりGは、例の魏さんに次いでわれわれの視界から姿を消したのである。
 そんな彼に、われわれはHの別荘で、ほとんど二十年ぶりに再会したわけだ。懐かしいといふより、一種の間のわるさが先に立つた。年月の空白といふものは、男の場合でも女の場合でも、何ともぎごちないものだからである。男女の間なら、一種の擬勢でそれを埋めることができるかも知れない。だが男どうしでは、その助け舟も頼みにはならない。
 外交官のSは、身についた社交辞令で、とにかくGのその後の生活について根
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