押しあけた。洋車が二台、梶棒《かじぼう》の根もとのランプを都合四つ明るくきらめかせながら、静かに馬車廻しの植込みをまはつて出て行くところだつた。……ではあの高話しは、車夫が早目に来て退屈まぎれにしてゐた雑談だつたのだ。いやそれよりも僕が思はず自分の眼を疑つたのは、その前の俥《くるま》に乗つてゐるのが、ほとんど紛れもなくあの支那婦人だつたことだ。後の俥は樹立《こだち》の加減で見さだめる暇がなかつたが、まづこのあひだの小間使だつたらしい。とにかく女に違ひなかつた。……」
「そんなに早く、どこへ行つたんだらう」と、Gが暫《しばら》く黙つてゐるので私はきいた。
「あとで時間表を見たら、五時に出る大連行の初発があつた。それに乗ると、大連で乗換へて、奉天発北京行の特急にちやうど間に合ふことも分つた……」
「つまりその女の人は、北京か天津から来てゐたといふわけだね。ところで、その二階の窓から、まるで夜の鳥みたいな声で叫んだといふ人物は、結局だれだつたのだい。」
「知らない。声から判ずると、どうやら男のやうでもあり、また女のやうでもあつた。甲高《かんだか》い叫び声といふものは、その区別がつきにくいもの
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