はざまから、胸にきりきり突刺さつてくる針があつた。
午後はまた博物館へ行つた。昨日みのこした工芸品の蒐集《しゅうしゅう》を、何か腑抜《ふぬ》けたやうな気持で眺めてまはつた。まあ雍正《ようせい》だの李朝《りちょう》だの青花《せいか》だのといふ類《たぐ》ひだつたが、なかに不思議なものがあつた。陳列棚一ぱいぎつしりつまつた鼻煙壺のコレクションだ。鼻煙壺といふから、まあ嗅《かぎ》タバコの入れ物だらう。その香水|壜《びん》ほどの可愛《かわ》いらしいやつが、色|玻璃《はり》だの玉石だの白磁だの、稀《まれ》には堆朱《ついしゅ》だのの肌をきらめかせながら、ざつと二三百ほども並んでゐるのだ。これには呆《あき》れたね。おそらく乾隆康煕《けんりゅうこうき》のころの宮女なんかが使つたものだらう。つい楽しくなつて眺めてゐるうち、僕はふつと例のライラック夫人を思ひだした。いや、つまらん聯想《れんそう》のいたづらだが、満洲に渡つて七年、僕は正直のところあれだけの美人にはついぞお目にかからなかつたやうな気がする。……
★
Gは言葉を切つた。しばらく黙つてゐたが、やがてライターをつけた。タバコを
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