^me chambre un jeune et heureux amant...〕≫
「この梯子《はしご》を伝わって」と彼は考えた、「六十年の昔には、それも丁度この刻限に、粋《いき》な上衣《うわぎ》を裾長《すそなが》に王鳥|髷《まげ》した果報者が、三角帽を抱きしめ抱きしめ、やっぱりあの寝間へかよったものだろう。……」
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実をいうと、このフランス訳は忠実のあまり些か間伸びがして、必ずしも原文の凝縮を再現しているとは言いがたいが、それはとにかくこの和訳のみじめさを見て頂きたい。一、二の語の言い換え、また全体として妙に時代がかった措辞は暫《しばら》く問わぬにしても、時に破格は交《まじ》えながら、しかも根底にはまさしく七五の律を踏んで、それがこのくだりを芝居の台詞がかったものにし、みごとに散文精神を踏みにじっているのだ。われながら弁解の余地もない邪道である。
例えば谷崎潤一郎氏の口語による文章は、非常に息の長いものであるが、また純粋に散文的な一種の音律に富むことは周知のとおりである。しかしもし現代の口語文をできるだけ凝縮させ、しかもこれに音律を与えようと企てるとき、
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