かなかきれいなのがいました。わたしはまた、小さくてすばしっこい、黒いぶちのある赤黄《あかき》いろいとかげまで好《す》きでしたが、へびは気味《きみ》がわるかった。もっともへびは、とかげのようにちょいちょい出っくわしはしませんでした。きのこは、そのへんにはめったにないので、きのことりには、白かばの森へ行かなければなりません。そこでわたしは、出かけようとしました。わたしは一生のうちで、あの森くらい好きだった場所《ばしょ》はありません。きのこがある、野いちごがある、かぶと虫もいれば、小鳥もいる。針《はり》ねずみ、りす、それから、わたしの好きで好きでたまらなかったあのしめっぽい落葉《おちば》のにおい。……わたしは今これを書きながら、白かばの林のにおいをしみじみかぐような気持がします。そういう感《かん》じは、一生のあいだ、いつまでも消《き》えずに残《のこ》っているものです。
するとふいに、あたりの深い静《しず》けさのうちに、わたしははっきりと、「おおかみがきたよう!」という悲鳴《ひめい》を聞きました。わたしは、きゃっと叫《さけ》ぶと、こわさのあまり夢中になって、ありったけの声でわめきたてながら、あき地で畑《はたけ》をたがやしていた百姓《ひゃくしょう》のほうへ、いっさんにかけだしました。
それは、わたしのうちの百姓のマレイだったのです。そんな名があるかどうか知りませんが、とにかくみんなが、かれのことをマレイと呼《よ》んでいました。年は五十くらいでしょうか。がっしりした、かなり背《せ》の高い、ひどく白髪《しらが》のまじった赤ちゃけたひげをぐるりと顔《かお》いちめんにはやした百姓です。わたしは、それまでマレイを知ってはいましたが、一度も口をきいたことはありませんでした。わたしの叫び声を聞きつけると、百姓はわざわざ馬をとめました。そこへとびこんで行ったわたしが、片手《かたて》でマレイの鋤《すき》に、もう一方《いっぽう》の手でその袖《そで》にしっかりしがみついたとき、マレイは、やっと、わたしのただごとでないようすを見てとりました。
「おおかみがきた!」と、わたしは息《いき》をきらしながら叫《さけ》びました。
百姓《ひゃくしょう》は、ひょいと首《くび》を起して、思わず、あたりを見まわしました。ほんのちょっとのあいだ、わたしの言うことにつられたのです。
「どこにおかかみがね?」
「そう
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