ね》お約束の松王さまばかり、それも室町のあたりは火にはかからぬと思召《おぼしめ》してか、或ひはまた相国寺の西にも東にも火の手の上つてをります有様では、無下《むげ》にその中を抜け出しておいで遊ばすわけにも参らぬものか、一向に姿をお見せになりません。やがてその日も暮れました。夜に入つて風は南に変つたとみえ、百万遍、雲文寺のかたの火焔《かえん》も廬山寺《ろざんじ》あたりの猛火《みょうか》も、次第に南へ延びて参ります。渦巻きあがる炎の末は悉《ことごと》く白い煙と化して棚びき、その白雲の照返《てりかえ》しでお庭先は、夜どほしさながら明方のやうな妙に蒼《あお》ざめた明るさでございます。殊《こと》に凄《すさ》まじいのは真夜中ごろの西のかたの火勢で、北は船岡山《ふなおかやま》から南は二条のあたりまで、一面の火の海となつてをりました。
 やうやうにその夜も無事にすぎて、翌《あく》る二十七日には、朝の間のどうやら鬨《とき》の声も小止《おや》みになつたらしい隙《すき》を見計らひ、東の御方は鶴姫さまと御一緒に中御門《なかみかど》へ、若君姫君は九条へと、青侍《あおさぶらい》の御警固で早々にお落し申上げました。や
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