を申上げるにも好都合かと思ひ返し、慣れぬ手に薙刀《なぎなた》をとるだけのことに致しました。何せこの歳まで、本物の戦さと申すものは人の話に聞くばかり、今になつて顧みますと可笑《おか》しくなりますが、小半時ほどは胴の顫《ふる》へがとまりません。いやはやとんだ初陣《ういじん》ぶりでございました。
 そのうちに物見に出ました青侍《あおさぶらい》もぼつぼつ戻つて参ります。その注進によりますと、今日の戦さの中心は洛北《らくほく》とのことで、それも次第に西へ向つて、南一条大宮のあたりに集まつてゆくらしいと申すのでございましたが、時刻が移りますにつれどうしてそんな事ではなく、やがて東のかた百万遍《ひゃくまんべん》、革堂《こうとう》(行願寺)のあたりにも火の手が上ります。これは稍※[#二の字点、1−2−22]《やや》艮方《うしとら》へ寄つてをりますので、折からの東風に黒々とした火煙は西へ西へと流れるばかり、幸ひ桃花坊のあたりは火の粉《こ》もかぶらずにをりますが、もし風の向きでも変つたなら、炎の中をどうして御一統をお落し申さうかと、只《ただ》もう胸を衝《つ》かれるばかりでございます。頼みの綱は兼々《かねが
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