ひもかけぬ相《すがた》で現はれるには現はれましたが、それはまだ先の話でございます。
 忘れも致しません、五月二十六日の朝まだき、おつつけ寅《とら》の刻でもありましたらうか、北の方角に当つて時ならぬ太鼓《たいこ》の磨り打ちの音が起りました。つづいてそれがどつと雪崩《なだれ》を打つ鬨《とき》の声に変ります。わたくしは殆《ほとん》どもう寝間着姿で、寝殿《しんでん》のお屋敷に攀《よ》ぢ登つたのでございます。暫《しばら》くは何の見分けもつきませんでしたが、やがて乾方《いぬい》に当つて火の手が上ります。その火が次第に西へ西へと移ると見るまに、夜もほのぼのと明けて参りました。見れば前《さき》の関白様(兼良男|教房《のりふさ》)をはじめ、御一統には悉皆《しっかい》お身仕度を調へて、お廂《ひさし》の間にお出ましになつてをられます。東の御方(兼良側室)はじめ姫君、侍女がたは、いづれも甲斐々々《かいがい》しいお壺装束《つぼそうぞく》。わたくしも、かう成りましては腹巻の一つも巻かなくてはと考へましたが、万が一にも雑兵《ぞうひょう》乱入の砌《みぎり》などには却《かえ》つて僧形《そうぎょう》の方が御一統がたの介抱
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