れ一安心と思つたが最後、気疲れが一ときに出まして、合戦の勢《いきおい》がまた盛返《もりかえ》したとの注進も洞《うつ》ろ心に聞きながし、わたくしは薙刀《なぎなた》を杖《つえ》に北の御階《みはし》にどうと腰を据《す》ゑたなり、夕刻まではそのまま動けずにをりました。この日の戦《いくさ》も酉《とり》の終までには片づきまして、その夜は打つて変つてさながら狐《きつね》につままれたやうな静けさ。物見の者の持寄りました注進を編み合はせてみますと、この両日に炎上の仏刹《ぶっさつ》邸宅は、革堂、百万遍、雲文寺をはじめ、浄菩提寺、仏心寺、窪の寺、水落の寺、安居院の花の坊、あるひは洞院《とういん》殿、冷泉《れいぜい》中納言、猪熊《いのくま》殿など、夥《おびただ》しいことでございましたが、民の迷惑も一方ならず、一条大宮裏向ひの酒屋、土倉、小家、民屋はあまさず焼亡いたし、また村雲の橋の北と西とが悉皆《しっかい》焼け滅んだとのことでございます。
 さりながらこれはほんの序の口でございました。住むに家なく、口に糊《こ》する糧《かて》もない難民は大路小路に溢《あふ》れてをります。物とり強盗は日ましに繁《しげ》くなつて参
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