ざいます。お歳ははや二十四、ああ世が世ならばと、御立派に御成人のお姿を見るたびに、わたくしは覚えず愚痴の涙も出るのでございました。……実は先刻から申しそびれてをりましたが、この松王さまが(やはり呼び慣れたお名で呼ばせて頂きませう――)、いつの間にやら鶴姫さまと、深いおん言交しの御仲であつたのでございます。母親にたづねてみますれば色々その間のいきさつも分明《ぶんめい》いたしませうが、そのやうな物好き心が何の役にたちませう。ただ、武衛家の御家督に立たれました頃ほひ、太閤様にぢきぢきの御申入れがあつたとやら無かつたとやら、素《もと》より陪臣《ばいしん》のお家柄であつてみれば、そのやうな望みの叶《かな》へられよう道理もございません。それ以来松王さまのお足も自然表むきには遠のいたのでございます。
わたくしとしましては只《ただ》そのお心根がいぢらしく、おん痛はしく、お頼みにまかせて文《ふみ》使ひの役目を勤めてをつたのでございます。お目にかかる折々には、打融《うちと》けられた磊落《らいらく》なお口つきで、「室町が火になつたら、俺が真すぐ駈《か》けつけてやるぞ。屈強な学僧づれを頼んで、文庫も燃させる
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