ます。前《さき》のお二人はわたくしの思ひ違へでなくば、これより先に亡くなつてをられますが、観世《かんぜ》殿が一昨年、金春《こんぱる》殿が昨年と続いて身罷《みまか》られましたのも不思議でございます。それにしましても世の乱れにとつて、歌よみ、連歌師《れんがし》、猿楽師《さるがくし》など申すものに何の罪科がございませう。思へばひよんな風狂人もあつたものでございます。
 わたくし風情《ふぜい》が今更めいて天下の御政道をかれこれ申す筋ではございません。それは心得てをりますが、何としてもこの近年の御公儀のなされ方は、わたくし共の目に余ることのみでございました。天狗星《てんぐせい》の流れます年の春には花頂|若王子《にゃくおうじ》のお花御覧、この時の御前相伴衆《ごぜんしょうばんしゅう》の箸《はし》は黄金をもつて展《の》べ、御供衆《おともしゅう》のは沈香《じんこう》を削つて同じく黄金の鍔口《つばぐち》をかけたものと申します。その前の年は観世の河原猿楽御覧、更には、これは貴方《あなた》さまよく御存じの公方《くぼう》さま春日社御参詣、また文正《ぶんしょう》の初めには花の御幸。……いやいやそんな段ではございま
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