衣服は朝の爽《さわ》やかな風のなかでいつも実に端正であつた。伊曾は彼女に、つひに何ものをも失ふことのない女性を見た。
或る日、やはりその様な時間に、劉子が伊曾に言つた。
――女学部の五年に不思議な線を描く子がゐるのよ。不思議なと言つて、何だかその子の性格にも病的な明るさが見えるの。
話は伊曾が別のことを考へてゐたので、そのまま断たれた。彼等が別れるとき、劉子はパラソルをひらいて立ち上りながら、又急に思ひ出した様に早口に言つた。
――さつきお話しした子、明子さんて言ふの。自分でもあなたにデッサンを見て貰《もら》ひたいらしいから、いつかそのうち伺はせてもいい? 眼鏡《めがね》をかけた弱さうな子だから、気に入らないかも知れないけど。
伊曾は別に興味も感じなかつた。寧《むし》ろ何故《なぜ》劉子がその子のことを二度も言ひ出したのか不思議に感じさへした。
やがて或る土曜日の朝、明子が一人で伊曾のアトリエを訪れた。彼女は丁度《ちょうど》奥の窓から額際《ひたいぎわ》に落ちるキラキラした朝の日光《ひかげ》を眩《まぶ》しさうに眼を顰《しか》めながら、閾《しきい》のうへに爪立《つまだ》つやうに
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