戒してゐるらしい彼女を発見した。
 芝生の植込に彼は遠くから劉子の姿を見つけるのだつた。たしかに跫音《あしおと》はそれと聞えるに異《ちが》ひない距離になつても、彼女はその端麗な姿勢を決して崩さうとしなかつた。しつかりした跫音が彼女の真前《まんまえ》にとまるとはじめて劉子は顔を上げて、きつぱりした態度で伊曾をまともに視《み》た。その眸《ひとみ》は殆《ほとん》ど彼等の恋愛を詰問するかの様に智によつて澄みかへつてゐた。
 伊曾は外苑の朝の光のなかに彼女を置くことを愛した。朝の光線は次第に強まる輝きにもかかはらず、どこかに軽微な暗灰色を蔵してゐた。これが彼女の皮膚の明晢《めいせき》さに或る潤《うれ》ひを与へる様に思はれた。彼等は並んでベンチに腰をおろした。伊曾は強い香気を嗅《か》いだ。しかし何の温度も感じなかつた。これは他の女たちによつて彼が曾《かつ》て経験したことのない不思議な現象だつた。彼は劉子の白い肉体を人並以上に温い血がめぐつてゐるのを直接触れて知つてゐた。が、彼女の体温はその皮膚の外には全然発散されないものの様だつた。それは彼女自身の衣服にさへも移らないかの如《ごと》く見えた。彼女の
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