康などのあらゆる女性の美徳を典型的に一身に具現しながら、しかもそれらの衰褪《すいたい》から全く免れてゐる異常な少女に異ひなかつた。美の脆弱《ぜいじゃく》さが彼女には欠けてゐた。その不具によつて、劉子のは象牙《ぞうげ》の彫像のやうに永遠に磨滅することのない美であつた。これは永遠の不具|乃至《ないし》は完成であつた。総ての女性はその美の脆弱さによつて男性の感情の弱さにつけ入る。が劉子の場合、彼女はその美の硬さによつて伊曾の強さにつけ入つたと言ふべきだらう。彼は劉子を驚異した。彼は新たな一つの意識に眼ざめた幼児の輝かしさで彼女を見た。全く別の情欲が彼を囚《とら》へてゐた。レカミエ夫人の秘密についての彼の法医学がかつた知識が彼の劉子への愛慕を不思議に聖化した。

 彼等は主に朝の時間、外苑の透明な空気の中で会ふことにしてゐた。劉子は彼女の家に近い小さな陸橋を渡つて来た。伊曾はその反対側の赤|煉瓦《れんが》の兵営の蔭を、紫色に染まりながら大股《おおまた》に歩いてやつて来た。そして大抵は先に来て、青いベンチの前の砂利《じゃり》にパラソルの尖《さき》で何かの形を描きながら、しかも注意ぶかくあたりを警
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