つぽい反抗を彼女に示すやうになつた。憑《つ》かれたもののやうに、眼を一杯に見開いて突然彼女の腕を逃れようと身もだえすることも度重《たびかさ》なつた。
 明子は、村瀬が確かに何かを見たのに異ひないと思つた。だが、この青年にこんな影響を与へるものとは一体何だらう。明子は或る時思ひ切つてこのことを村瀬に詰問した。
 ――僕はあなたの肖像を見ちやつたんです。
 村瀬が子供つぽい反抗に唇を蒼《あお》ざめさせてさう答へた。
 ――それは、伊曾が描いたものだつたの?
 ――もしさうだつたとしたら、貴女《あなた》はどんな気がします。
 彼は興奮で白つぽくなりながら叫んだ。
 ――さうね。少しは淋《さび》しい気がするかしら。でも、何故《なぜ》それがそんなに一生懸命にならなければならない問題なの。あの人にはあの人の世界があるわ。その世界で何を描いたつて、何も私まで大騒ぎすることはないでせう。
 明子は落着いた調子で答へた。その声は幼児に対する慈母の優しさを帯びてゐた。だが、声を裏切つて、明子の顔にこのとき不思議な表情が浮んでゐた。蒼《あお》ざめた唇が歪《ゆが》み、彼女は久し振りで、忘れられたモナ・リザの笑
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