親が危険な玩具《おもちゃ》を子供たちから取り戻すやうな気持で、明子はさう思ひめぐらした。
 秋がおほらかに天を渡りつつあつた。この豊かな光の下で彼等二人も美しい生活を織り始めてゐるのに異ひなかつた。明子は明子で自らの美しい生活を振り返つた。彼女の眼に村瀬の栗《くり》色の肉体が仄見《ほのみ》えた。ただ一つ、菊の花の遣《や》り場が彼女を思ひ惑はせてゐた。
 仄見えた村瀬の肉体がこのとき不思議な方法で変化しつつあつた。明子は夢みる眸《ひとみ》を空間に送つてゐた。
 やがて変化が完成された。そこには彼女の天の幼児が蒼《あお》ざめた肉体を横《よこた》へてゐた。彼女は思ひ当つた。
 ――さう、あの二つの菊の花はあの子の両手にこそふさはしい。
 彼女の思念をこの時何物かが音もなく溶け去つて行つた。彼女は豊かに胸をはつて、満足した母親の眼を天の幼児に投げた。幸福な一瞬がそこを訪れてゐた。彼女は思ひ疲れていつか眼をつぶつた。

 村瀬が急に変つた徴候をあらはしはじめた。子供じみた彼の顔から血紅が落潮の早さで退《ひ》いて行くのを明子は見た。それと反対に、彼は屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》子供
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