う》くした。いつか皮膚にも同じ膏脂は再び流れはじめてゐたが、それは外光に見るとき寧ろ醜い色合を有つてゐた。彼女は日に幾度ひそかにそれを化粧水で拭《ふ》きとるか知れなかつた。そんな状態にある明子が、彼等二人の頸に咲いてゐるといふ血紫色の菊の花をまざまざと見るやうに思つた。
明子はこの二つの花がまるで彼女自身の許しを得て開いたもののやうに感じた。彼女の許しなしには遂《つい》に咲く機会のなかつたに異《ちが》ひない菊の花なのだ。折角《せっかく》こんな麗《うる》はしさに花咲いた菊を今更どこへ置かうかと思ひ惑《まど》つた。
敗北の感じも、憎悪の感じも、二つながら無かつた。明子は劉子の呪《のろ》ひの輪を抜け出して、今はもう硬い青いポアンなんかではなかつた。そんな窮屈な輪は苦渋な涙と一緒に消え弾《はじ》け、彼女はもつとふくよかに空間に拡《ひろが》つた一つの美しい円であつた。寧《むし》ろ彼等二人を憐《あわれ》まなければならないのは彼女の方だつた。彼等はお互《たがい》に菊の花を有《も》ちながら、いつ迄その子供らしい危険な遊戯を続けて行くのであらうか。その菊の花は私が貰《もら》はなければならない。……母
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