た食卓の上で前|屈《かが》みに佇《たたず》んで、不思議に複雑な笑ひを漏した。
 映画が消えた。花咲いた明るい燈光のなかで二人は久し振りに顔をまともに見合つた。青年は案外に健康さうな双頬《そうきょう》に純真な火照《ほて》りを漂はせて明子を眩《まぶ》しさうに見上げてゐた。明子の顔を微笑が波うつた。二人はうなづき合つて外に出た。彼等は群《むらが》る自動車の濤《なみ》を避けて、濠端《ほりばた》の暗い並木道に肩を並べた。妙に犯すことの出来ない沈黙が二人を占めてゐた。明子が先にそれを破つて青年に言つた。
 ――私をどうして下さるの?
 漠然と響いて呉《く》れればいいと冀《こいねが》つた。けれど声が変に熱い波動を帯びて顫《ふる》へてゐた。明子は意識しながら、それをどうすることも出来なかつた。
 ――え?
 青年は訝《いぶか》るやうに、が予期してゐたかの様に立ちどまつて彼女を視《み》た。彼は明子の声を顫へを認めたのだ。言葉の意味は、寧《むし》ろ青年の寄越《よこ》した手紙の束を内容づける将来の決心に対する漠然とした質問には異《ちが》ひなかつた。仮令《たとえ》さうにせよ、青年はこの瞬間、抽象的な説明がただ
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