はそれが堪《たま》らなくもどかしかつた。
 或る時、伊曾は明子の咽喉《のど》もとの皮膚の白さを凝視してゐた。そこは彼女が何かを熱心に話してゐたので絶えず動いてゐた。伊曾の眼には、彼女がやはり投げやりな調子でブロオチを低すぎる位置に留めてゐたため開いた胸の皮膚の一部もうつつてゐた。その寧《むし》ろ骨立つた胸の部分にも成長の影は見逃せなかつた。謎《なぞ》はその部分に比較的はつきりと顕《あらわ》れてゐるやうに伊曾は思つた。彼は執拗《しつよう》に凝視を続けてゐた。明子が彼の視線の方向に気づいてゐることは疑《うたがい》もなかつた。伊曾はその効果を待つた。彼女はしかし子供つぽい調子でやつぱり何か饒舌《しゃべ》り続けてゐた。それがどんな内容を持つてゐるのか伊曾は全く捉《とら》へてゐなかつた。彼は自分の耳が空洞《うつろ》になつたのをぼんやり感じながら、何物かを待ち続けた。だがつひに明子の巧みに包まれた心は皮膚面にあらはれては来なかつた。
 いつの間にか明子が話しをやめてゐた。伊曾は彼女の顔に茫然《ぼうぜん》と眼を移した。彼の眼に不用意な卑屈さが混つた。
 明子がそのとき、ぼんやりした彼の眼界の中心から
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