彼を見てゐた。静かな薄笑ひをさへ浮べて。その表情のどこかに何か温かさの漂つてゐるのを伊曾は感じた。謎の温かさのやうでもあるし、また母性の温かさのやうでもあつた。
伊曾はこの微笑にはどこかで会つたことのあるのに気がついた。屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》自分の夢のなかにまで現はれたこともある。自らの乱行に懶《ものう》く疲れはてた彼の夢の中で、この微笑は彼を柔《やさ》しく叱責《しっせき》した。あの微笑だ。彼はそれがモナ・リザの微笑であることに気づいた。
彼は明子を発見した。
数日ののち、明子は伊曾の長椅子《ながいす》の上にゐた。伊曾が明子に訊《き》いた。
――君はどうして自分のからだなんか描いたの?
――自分のからだが憎らしかつたからよ。
瘠《や》せたモナ・リザは寧《むし》ろ快活に同じ答を与へた。
丁度《ちょうど》その頃、劉子は女性らしい心遣ひから伊曾の肉体に明子の匂《におい》を嗅《か》ぎ知つて遠ざかつて行つた。蒼《あお》ざめて、彼女は明子が青いポアンとして、自分の歴史に一つの句読点を打つたのをさとつた。
第二部
黄に透く秋風が彼女の裳《もすそ》
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