手近かなモデルぢやありませんこと? それに私は自分のからだが憎らしかつたのです。
伊曾は真白な壁に衝《つ》き当つた様に感じた。
若《も》し伊曾が明子の過去について知つて居たら、彼は或ひは不幸から救はれたかも知れない。だが彼は知らない。彼は引きずられて堕《お》ち込むほかはなかつた。
その次、明子が伊曾を訪問したとき、彼女は目に見えて快活だつた。これは少くとも装つた快活ではない。強《し》ひて言へば、不自然な快活さだ。何かの理由で今まで堰《せ》かれてゐた快活の翼が急に眼醒《めざ》めたやうな。……伊曾は鋭い眸《ひとみ》で少女を見すゑながらさう直感した。
明子は、今度は二三枚静物の素描を持つて来てゐた。だが彼女は壺《つぼ》を人体のやうに描いてゐた。彼女が言つた。
――わたくしの画《え》はお兄様の真似《まね》なのよ。どうしてこの前のときお兄様がその事を仰言らなかつたか、わたくし不思議な気がして帰りましたの。
――でも、そんな事言つたつて仕方がないからです。
伊曾はむつつりした調子で答へた。実際、明子の素描の線が伊曾のそれの少女らしい模倣《もほう》に過ぎない事ぐらゐ彼はとつくに見てと
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