うへの画板から抜き出して卓子の上に並べた。並べる指もやはり蒼ざめた光沢の鈍いものなのを伊曾は見た。彼女はいそいでそれを引込めた。伊曾は止むを得ず卓上を一瞥《いちべつ》した。三枚とも少女の裸体習作だつた。
 ――なぜ風景を持つて来なかつたんです。
 ――風景はわたくし嫌ひですから。
 ――ぢや、なぜ静物を、例へば花を……はじめから人体は無理ぢやないですか。
 ――わたくし花は下手なんです。
 こんなことを話しながら伊曾は次第に注意深く素描に見入つてゐた。
 ――これはモデルを使つたんですね。
 ――え、どれ?
 明子はのぞき込む様に首を伸《のば》した。その身体が不自然に揺れたやうに思へた。
 ――それ? まあ半分半分なの。本当を言ふと、それはわたくしのからだなんです。
 伊曾は少女の顔を凝視してゐた。明子の顔はこのとき一層|蒼《あお》ざめたやうに見え、その眼は殆《ほとん》ど睨《にら》むやうに彼を見返してゐた。明らかな反抗がそこに見られた。
 ――僕もさうだらうと思つた。が、どうして自分なんか描いたんです。
 ――鏡に映して。……あ! 何故《なぜ》と仰言《おっしゃ》つたの? だつて、いち番
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