、つまり劉子姉さまといふ呼《よび》かけと対照させてさう呼ぶことに決めて来たのだらうか。
伊曾は知らず知らず明子を点検するやうな態度に陥りながら、こんな事を思ひ惑つてゐた。後者とすれば、口調に自分と劉子の関係を忖度《そんたく》した様な態《わざ》とらしさも見えない所がをかしい。やはり前者に異《ちが》ひあるまい。……しかし、少女は伊曾の沈黙を訝《いぶか》るやうな眼の色を見せてこの時彼を見上げてゐた。彼は何か言はなければならなくなつた。
――明子さん、あなたは僕に画《え》を見せに来たのでせう。
成るべく優しい口調にならうとした余勢でそれが子供に対する大人の話し掛けに響いたのに気づいて伊曾ははつとした。だが少女は敏捷《びんしょう》にそれを利用して、子供つぽい口調で話しはじめてゐた。
――劉子姉さまはさう仰言つたの。でも本当はそれはどうでもいいことだつたのよ。ただお兄さまにうまくお眼にかかれれば。……でも、何だか悪いやうな気がするから、やつぱり見て戴《いただ》くわ。私の画つて、これ。手当り次第引つぱり出して来ましたの。
明子は狡《ずる》さうな笑ひを一瞬見せながら、三枚の素描を膝《ひざ》の
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