。ステラが「仲間」の眼を惹いたのはしかしその船体によつてだけではなく、その名のとほり「星」のやうな船長の一人娘の耀《かがや》きによつてでもあつた。肉づきのいい大柄な此の娘は真白なセイラーの裳《もすそ》を川風にひるがへして、甲板《かんぱん》に立つて舵《かじ》を操つた。彼女は花子と呼ばれた。そして偶然の導きによつて、ステラが夜の泊りにする慣はしである明石橋を入り込んだささやかな湾《いりうみ》に似た水に、しかもよく隣り合はせて夜を睡《ねむ》る一隻の名もない古びた伝馬《てんま》船があつた。その仲間の言葉で「風来船」と呼びならされる一群の船のひとつである此の船の息子に定と呼ばれる少年があつた。此の少年が間もなく花子を恋する様になつた。
定の父親は赭《あか》ら顔の酒食ひで陸に暮してゐた頃から定職がなかつたと同様、川に追はれて来てもやはり彼の船は定つた航路を有《も》たなかつた。船は時にその腹に汚水や糞尿を船脚《ふなあし》の重くなるまで満喫する代りには時に淫蕩《いんとう》な男女の秘密を載せて軽々と浮く様な性質のものであつた。従つてその泊り場も一定してゐた訳ではなく、或る時は隅田川の上流の人気《ひとけ
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